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「世界宗教史」 −豊饒への意志−

人類とは須らく宗教的である。
(ミルチア・エリアーデ)

我々は木々の中にもいます。浅い水の流れにもいます。
薔薇の花を渡る風にもいます。寺の壁に残る夕明りにもいます。
どこにでも、またいつでもいます。
御気をつけなさい。御気をつけなさい。………
(芥川龍之介「神神の微笑」)

何年も掛けてじっくりのんびりと読んできたミルチア・エリアーデの
「世界宗教史」をついに本日全巻読了です(^^)/

いやあ、物凄く面白かったですよ。全世界史的な宗教の流れと発展
について徹底的に研究した、宗教的世界システム論とも云える名著!!

この本を読んで思うのは、日本と云う国家は一種の宗教的エアポケット
に位置し、古代の伝統を残す形で極めて霊的に守護された形で世界史の中を
生き残ってきた、まさに極めて希少と云うか、おそらくは唯一の古代的文明
であるなと、思わずにはいられませんね…。自律的な諸力を持つ強力な島国
であること、中国・ロシアが日本を攻めるほど余力を持っていなかったこと、
隣国である朝鮮が国内事情等により、日本に対し攻撃的な立ち位置を
取れなかったこと、それらは大きな複合要因ですが、やはりそれ以上の
最大の要因として、云わば
”神々の微笑”としか云いようのない、日本の
柔よく剛を制すとしか云いようのない、概念化できないある種の神的雰囲気、
なにもかもを取り入れてしまう無限の活動領域としての神聖さがあると思います。

日本についての研究は「世界宗教史第8巻 諸世界の邂逅と現代まで」に
おいて特集されているのですが、第49章でネリー・ナウマンが指摘している
ことは極めてよくこの我々の生きる大地、日本と云う国家を体現しているかと。

「もっとも簡単に言えば、日本の宗教はカミ信仰の宗教と呼ぶことができる。
ドイツ語にはこのカミという語の同意語が本来的に存在しない。この語には
性も数もない。したがってカミは男性の神的存在でも女性の神的存在でも
ありえるし、また個別の神的存在も、多くの神的存在も意味することがある。
さらにこの語はキリスト教的唯一神に対しても、またむしろ霊と考えるべき
存在――すなわち、森の諸霊や水の諸霊、家の諸霊やその他多くの諸霊――
に対しても使われる。この概念は非常に包括的であり、厳密に規定できない。………

カミは全知でも全能でもなく、根本的に善でも悪でもない。また、決して(現世に)
常駐することはない。事実、祭祀の前のカミの招来と祭礼の終りのカミの送りは、
神社における儀礼の重要な構成部分となっているが、これは、カミが通常は
臨在していないことのひとつである。それぞれに神聖なる場に保管される神体、
すなわち「神の肢体」――鏡、太刀、櫛、石、あるいは何かほかのもの――は単に
カミの象徴ないし、儀礼にやってきた神が留まる座を意味するにすぎない。………

日本の宗教からはいかなる倫理(道徳教説)も生じなかった、
と言うことについては全て述べた。………

われわれ(西洋人)にとっては、罪とは意図的に悪いことをすることであり、
意識的に(キリスト教の)神に叛くことである。犯された罪からは悔恨(懺悔)
によって解放されるのであり、場合によっては悔悛し、許しを請うのである。
これに対して、現代の神道――これは一方では現代的な思想や問題に耳を
閉ざすことはできず、また他方で神道が誇る古い文献(古事記等)を出発点
とせざるを得ない――では、悪い行為の原因は人間の内面に見いだされる
のではなく、むしろ外的影響によって発生すると説明される。したがって悪は
禊によって祓い除くことができるのである。ひとつの行為はそれ自体元々善でも
悪でもありえないのであり、その決定はまったくの外的状況のみによる。………

(日本における)ツミ(罪)とは、誰かに背負われ、その人を苦しめるものである。
背負わされた重荷、すなわち自分の負担から、彼は禊によって解放される。
この禊は、被害者自身が請求する罰金ないし補償の形となる。したがって、
禊は、法規則の一部分であり、背負わされた負担は――この例が示す様に、
けっして(キリスト教の)道徳的には理解できないものなのである。………

実際のところ、もし、中世の神道理論家によって明確な形が与えられたような、
仏教によっても、あるいは中国の諸観念によっても特徴付けられていない、
(日本独自の)本来的な宗教言説を取り上げるとすれば、残るのは僅かである。
それはあとにも先にも、次の僅かの言葉で理解される。すなわち、

『神々を崇敬せよ。清浄の掟を守れ』

である。最後に、新しい要素が加わるが、これは必ずしも、仏教及び儒教
の影響によるものではない。というのは、それは(神道によって)自律的に
形成されたものであろうかと考えられるからである。それは、

『正直(誠実)であれ、率直(純粋)であれ』

という要求である。これが、その附属物を取り去った神道宗教の全てである。
これは古い宗教的真理であり、言葉数は少ないが過少に評価すべきでない。

というのも、この真理は個々の語に計り知れないほど
多くの活動領域を与えているからである。………」

(世界宗教史第8巻第49章)

素晴らしい…!!日本宗教の世界史的研究が、世界宗教史の最終巻の
最後に出てくるというのも、また素晴らしい!!

なぜなら、私は世界のどの宗教よりも、日本こそが、最も気高く最高の高貴に
溢れた外面なる力の叡智としての信仰を持っていることを身体に感じるからだ!

ルサンチマン、怨恨によって生み出された「内面」「悔悟」「超越的道徳教説」など、
それら呪わしきもの、人間の諸力を減退させ減衰させる恐るべき捏造の汚染を、
古代ギリシア文明と日本文明の二つの文明は、受けずに生長した文明!!

「希臘人は外面を信じた。それは偉大な思想である。キリスト教が
「精神」を発明するまで、人間は「精神」なんぞを必要としないで、
誇らしく生きていたのである。希臘人の考えた内面はいつも外面と
左右対象を保っていた。希臘劇にはキリスト教が考えるような精神的
なものは何一つない。それはいわば過剰な内面性は
必ず復讐をうけるという教訓の反復に尽きている」

(三島由紀夫「アポロの杯」)

…残念ながら古代ギリシア文明は既に亡び、そして、日本やギリシアと同じように
生を破壊する内面の怨恨を価値とするのではなく、生を昂揚する外面の活気を
偉大なる価値とする諸文明のほとんどは残念ながらほとんど全て、ルサンチマン
に基く西洋諸文明の手によって滅ぼされてしまった…(アジア諸国、アフリカ諸国etc…)

ただ唯一、西洋の汚染を受けながらも、いまだに古代の生の文明の力を
抱いている文明、それは我が日本国ただ一つであると確信せずにはおれぬ!!

日本こそが古代ギリシアの抱いていた生命への意志、
『力への意志』を受け継ぐ世界史最後の唯一なる文明!!

ルサンチマンは『超越的善悪』を捏造し、人間の生を狭苦しいフレームの中に
押しこめることで、人間の生の本来性を破壊し、人間を道具に作り変えようとする。

それらに対し、はっきりとNo!を云った思想家、フリードリヒ・ニーチェが日本好みで、
「日本はアジアの平原の中に立つただ一つの峻厳な高山である」と彼が言葉を
残したのも、まさにむべなるかな。彼は日本とギリシアの共通性に気づいていた。

いやあ、世界宗教史を読んで思ったことは、やはり私は日本人なんだなと云うこと。
日本の宗教性こそが、最も身体にフィットする感覚を覚えずにはいられなかったよ。
そしてそれは、ルサンチマンに基く神と内面の規範契約ではなく、個々の人間が、
神と力のパートナーシップを結び、自然と調和しながら自らの力をより高めて行く道。

まさに、日本は神々の国、そこには真の生命の霊的守護が満ち溢れている――!

それは生に対する大いなる肯定、まさしく生命の”豊饒への意志”なのだ――

「私はつい四五日前、西国の海辺に上陸した、希臘の船乗りに遇いました。
その男は神ではありません。ただの人間に過ぎないのです。私はその船乗と、
月夜の岩の上に坐りながら、いろいろの話を聞いて来ました。

目一つの神につかまった話だの、人を豕にする女神の話だの、
声の美しい人魚の話だの、――あなたはその男の名を知っていますか? 

その男は私に遇った時から、この国の土人に変りました。
今では百合若と名乗っているそうです。ですからあなたも御気をつけなさい。
泥烏須も必ず勝つとは云われません。天主教はいくら弘まっても、
必ず勝つとは云われません。」
 
老人はだんだん小声になった。

「事によると泥烏須自身も、この国の土人に変るでしょう。
支那や印度も変ったのです。西洋も変らなければなりません。
我々は木々の中にもいます。浅い水の流れにもいます。
薔薇の花を渡る風にもいます。寺の壁に残る夕明りにもいます。
どこにでも、またいつでもいます。
御気をつけなさい。御気をつけなさい。………」

その声がとうとう絶えたと思うと、老人の姿も夕闇の中へ、
影が消えるように消えてしまった。と同時に寺の塔からは、
眉をひそめたオルガンティノの上へ、アヴェ・マリアの鐘が響き始めた。
(芥川龍之介「神神の微笑」)

参考サイト
神社本庁公式ホームページ

参考図書(amazon)
ミルチア・エリアーデ「世界宗教史 第1巻」

ミルチア・エリアーデ「世界宗教史 第2巻」

ミルチア・エリアーデ「世界宗教史 第3巻」

ミルチア・エリアーデ「世界宗教史 第4巻」

ミルチア・エリアーデ「世界宗教史 第5巻」

ミルチア・エリアーデ「世界宗教史 第6巻」

ミルチア・エリアーデ「世界宗教史 第7巻」

ミルチア・エリアーデ「世界宗教史 第8巻」

三島由紀夫「アポロの杯」(全集第27巻)

芥川龍之介「神神の微笑」(全集第4巻)

フリードリヒ・ニーチェ「力への意志」(上巻)

フリードリヒ・ニーチェ「力への意志」(下巻)

フリードリヒ・ニーチェ「生成の無垢」(上巻)

フリードリヒ・ニーチェ「生成の無垢」(下巻)

 

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