ゲーム評「はなマルッ!」 -あなたとのしあわせ-
「はなマルッ!」(公式紹介サイト)
「…神様にイジワルされているから…どんなに
好きな人ができても、一緒にはなれないんです」
(「はなマルッ!」より)
ゲーム「はなマルッ!」をクリア。
「クラナド」以来久々に、プレイして良かったと心より
思える素晴らしいゲームでした。
元々は、全くマークしていなかった作品なのですが、
この物語、なんでも男の子と恋仲になれるらしいと耳にし、
美少年好みの私としてはなんとしてもプレイせねばと
思ったわけです。
そして…。
先ず始めて驚いたのは、とても良く作りこまれた作品であるということ。
主人公はひょんなことから女子寮で生活することになった学生という
まさに手垢のついたお約束の展開からスタートしますが、
確かにパターン的な展開がその後も続くんですが、
たんなるパターン的に組み合わせて簡単に作ったような
作品群とは違って、アクチュアルな精神が感じられるんですね。
例えば、女の子が理由もなくイライラしていて、主人公は喧嘩して
しまい、後でその子が生理だったことを知って謝って仲直りとか、
妙に現実感があるシチュエーションを上手く明るくポップな雰囲気の
中で表現していて、それが凄く優しくて暖かい雰囲気を出しているんですね。
女の子同士の三角関係とか、貧乏の問題とか、ひとつ間違うと
物凄く重く悲劇的な展開になってしまうテーマがポップな柔らかさ
のなかで、明るく解決されてゆく日常が凄く良い雰囲気なんです。
それは、でてくる子たちは色々問題や心の傷を抱えていて、
たいへんなんだけど、それでも、みんな、人間に対する優しさを
凄く大切にしている子たちばかりだというのがあって…。
みんな、自分の欲望よりも、人の幸せを率先して願う強さを
持っていて、すごく人間的にイイ奴ばかりなので、
色んな問題があるけど、それらを重くならずに良い方向へと
解決してゆける、本当の意味での人間的な強さを描いているんですね。
「根っから邪悪な悪人なんてどこにもいない世界。
みんな、ほんとうは優しくて、他人を思いやれる人なんだ。
みんなの優しい強さで悲しいこともあるけれど、
がんばって幸せになっていこう」
というこのテーマ、とらいあんぐるハートシリーズが金字塔として
打ちたてた「みんなが優しくなれれば、幸せが訪れる」
とでもいうべきテーマの正当なる後継に本作品は連なっている…。
私はこの暖かい系統の作品は凄く好きで…。
日常生活の暖かさは心から楽しめましたね。
そして…。
一番心を打ったのはスミレシナリオ、
そして何より好きなのはスミレですね…。
漫画家のひな。さんのコミック「1年3組桃ちゃん先生」を
明らかにオマージュしたヒロインである桃ちゃん先生

(外見は子供、実年齢は大人の学校教師)も好きなんですが、
やはり、私にとって一番好きなのはスミレだな…。
(余談ですが、桃ちゃん先生のさらなるオマージュ元は漫画家、
高橋留美子さんの代表作「らんま1/2」の「二之宮ひな子」ですな)
まあ…桃ちゃんの話はこのくらいにして、(この娘も好きだけど)、
私の大好きなスミレのことを。

スミレは主人公のことを好いてくれる可愛い女の子。
主人公もいつしかスミレに魅かれるようになり、
ついに、主人公はスミレに告白します。
けれど、スミレからは拒絶されてしまう。
でも、スミレは主人公のことは好きだとキスをする。
混乱する主人公、態度は主人公を愛しているけど、
それでも、主人公を拒絶するスミレ。
そして紆余曲折ありまして…。
スミレの気持ちが分からない主人公は、
スミレとサシで話し合うのですね。
もし、俺のことが嫌いならはっきりそういってくれ。
と…。
主人公は、素直過ぎて愚直ともいうべき実直な男で
思ったことをそのまま口にしてしまう迂闊な面があるのですが、
心根は優しくて澄んだ奴で…いい奴です。
ああ、こういう奴は見る眼がある女の子に好かれるなと分かりますね。
スミレは告白します。
「スミレは…神様にイジワルされているから…どんなに
好きな人ができても、一緒にはなれないんです」(中略)
「………スミレの本当の身体は神様が取っちゃって、
ニセモノの身体しか持ってないんです。
先輩…。あのですね……。
スミレね……。
スミレのね……。身体はね。
男の子……なんです」
(「はなマルッ」より)
混乱する主人公。そして…。
「先輩」
スミレが俺の隣りにちょこんと腰を下ろす。
「無理しなくて…いいです」
「先輩は、スミレと一緒にいたら、きっと困ったままだと思うです」
「でも……スミレは先輩が大好きだから……」
「先輩が困っちゃうのは嫌ですから……」
「お別れ、しましょう?」
(「はなマルッ」より)
そして選択…!
ここでプレイヤーによっては、スミレを捨ててしまうことも
できますが、そのような選択は私には絶対にできませんね。
私は、大好きなスミレを選びますね!
「スミレは男なんですからぁ!!」
「だからなんだっ!!」
「…………え?」
「スミレが男だからなんだっていうんだ」
(「はなマルッ」より)
主人公とシンクロ率1000%!!
そう、「だからなんだ」ですよ。
なんで、性別とか、そんなことで悩まなければ
ならないのかということですよ。
例えば私自身はね、恋愛のときあるのは、好きか嫌いかだけですよ。
好きだったら、女とか男とかそういうのは全然関係ありませんよ。
これは他の問題(他のヒロインのシナリオ)でもそうで、
金銭問題だろうが、トラウマだろうが、家の事情だろうが、
確かに何らかの恋の障害とされる問題があるとしても、
それとは関係なく、互いに好きだという気持ちがあれば、
その二人が好きあう今には何の障害もありませんよ。
そういった好きあっていれば、互いに好き合う、
その今が大切なんだということを本作は描いていて、
凄く同感だし、凄く好感が持てましたね…。
この後、主人公とスミレは肉体的にも一つに結ばれるんですが…
このエッチシーンの丁寧な描写がまた凄く良いんですね…。
肉体的にはホモセクシュアル的な描写ですが、
スミレの心は女性なのですね、
そして、そういった二人の男とか女とかを超えた
本当の意味での繋がりを上手く描けていて…。
男役とか女役とか、そういったものを遥かに超えて、
二人が好きあっているということが分かる描写ですね…。
主人公がスミレをフェラチオして達せさせた後、
「な……?スミレが気にするほど、性別なんて関係ねぇんだよ」
(「はなマルッ」より)
って微笑んで云うんですけど、本当にカッコイイとはこういうことですよ…。
ヘテロセクシュアルとか、ホモセクシュアルの境界を越えて、
性別を超えてただ人間としての二人がいて、
凄くエロティックで、凄く心が通じ合っているシーンになっている。
いやあ…こういう、綺麗事じゃない、セックスで人を感動させるというのは、
日本においては、建前と綺麗事だけの表文化からは完全に抹消されていて…。
世間が蔑み弾圧するポルノグラフィのような裏の文化の中にだけ、
息付いている……。
だけど、どっちが本当に、ヒューマニティな、人が結びつきあうエロスを
肯定的に、生の歓ぶべき力として描いているかといえば…。
それは圧倒的に裏の文化なんですよね…。
こういうゲームをプレイする歓びがあるから、
エロゲは止められないなあと思っちゃいますね…。
その後、スミレが変わっていくんですね…。
スミレは主人公と結ばれる前は、自分に自信がなくて、
いつもおどおどしていて、誰かに頼り、甘えるばかりだったのが、
自分で一人立ちするようになっていく。
「先輩がスミレを、受け入れてくれたから…、
どんなスミレでも、先輩が愛してくれるから…、
スミレは…少しだけ、自分に自信が持てるようになったんです」
(「はなマルッ」より)
そして、主人公のことが好きな子とのはっきりとした清算。
「もう、先輩に守られてばっかりのスミレは嫌なんです!(中略)
スミレは、絶対に先輩を幸せにするんですっ!」(中略)
「俺はスミレが好きだから…スミレと一緒じゃないと、
幸せになれないんだ」
(「はなマルッ」より)
この後、他意はなくても結果的に主人公が振った子のことを
傷つけたことをスミレと主人公は胸を痛めるんですが…
この二人、いい二人なんですね…。本当に。
物語は…今迄スミレを苦しめていた、
心は女の子で、身体は男の子という苦しみが、
主人公の真摯で誠実な想いと態度で、苦しみではなくなってゆく、
その物語が凄く良い…。
スミレが苦しんでいて、そして主人公が救ったものとはなにか、
私たちはちゃんと考えるべき必要があると思うんですよね…。
私は10年近く、世間的に外れてると見なされて
弾圧される性愛をテーマに取り上げて、その関係で
当事者の方に色々メールを頂いたり、お話を聞いたりして…。
(メールはなかなかお返事が出せなくて申し訳ありません。
きちんと必ず目を通しております。どうか、ご容赦を…)
スミレみたいな悩みを持つ方もいらっしゃって…。
そういった方たちを苦しめているのは、それは勿論、
世間の無理解や蔑視、法的な整備の不充分、色々な差別などの
他者を傷つけようとする悪意ある意識などもありますが…。
それだけでは決してないんですね。
大きな問題として、当事者の方たち自身の心に、自分を責める気持ち、
自分は悪いんだという気持ちがある、そしてそういう気持ちを
人の内面に擦り込むこの社会という存在の問題がある……。
非常に胸の痛む話ですが、例えば、性暴力の問題において、
性暴力の被害者側が、自分は穢れた恥ずかしい存在だ、
もうどこにも出られないと自分で思ってしまうという、
そういう、内面を社会が支配して抑圧・操作する状況下に
我々人間がみな置かれている状況があって…。
上の例で挙げれば、決して、性暴力を受けた人は悪くない訳です。
性愛志向だって、個々の人格だって、世間的に決まった規範に
ロボットのように固定されねばならないなんてことは決してありません。
人を悪意を持って傷つけることだけが、許されない。
それだけは、先に挙げた性暴力の加害者のような悪党どもは、
絶対に存在が許されない連中であり、排除しなければなりません。
でも、他者を傷つける行ないではない、例えば、互いに好きあった二人が
同性同士だったとか、そういったこと(同性愛)は異性愛と同じく正しい。
たとえ、どれだけ大勢の人が「異性愛だけが正だ、同性愛は違うから誤だ」
といったとしても、それはその大勢が間違えているのです。
多数決では決して図れない正しさがあるんですよ。魂の正しさ。
詳しく知りたい方は、アリストテレスの「ニコマコス倫理学」を一読を。
我々は、寧ろ、何を正とし、何を誤とする、その源はどこからきたのか、
そしてそれが、先にあげたような人々の内面を支配して、ゆえに
権力が遍在的に存在するこの状況を齎していることで、私たちは
本来的な魂の自由を失っているのではないか、そういったことを
考えてゆくべきだと思いますが…。
でも、全く届かないんだよね、人と同じことが正しいと信じている
マジョリティの連中には、こういう考えは決して届かない…。
もう…諦めました。マジョリティ連中のお綺麗なシニシズムと
レイシズムにはずっとうんざりさせどおし…奴らへは何も言葉はないよ…。
マジョリティの連中は、自分達が「綺麗」と決めつけた物事で、
「汚い」と決めつけた物事や人々を潰してゆくことこそが、
もっとも汚いことなのであるということが理解できない…。
絶望的な状況、マジョリティに支配されるこの世界は常に絶望的な状況ですが…。
それでも、疎外されたマイノリティの人々、
マジョリティの支配する社会の中で内面までも支配する権力関係に苦しんでいる人々に、
その『苦しむ理由の根源はなんだろう。本当に苦しむ必要はあるのか』
ということをともに考えて、悪いこと(人を悪意で傷つける)をしてなければ、
あなたたちは自分をマジョリティと違うからという理由で苦しむ必要はないんだ、
個々として人間は自由にあるんだ(それは本作の主人公とスミレのように)
ということを、これからも私は云っていきたいし、それは
意味のあることだと信じていますね。
本作で私の気持ちを語れば、性別は重要ではありません。
重要なのは、愛する魂の真実ですよ。
「心の想いは、外の言葉よりも、内なる真によって顕れるもの」
(「ロミオとジュリエット」第二幕第六場)
参考サイト&参考作品(amazon)
「はなマルッ!」(公式紹介サイト)…公式サイト。
「ニコマコス倫理学」…一読をお勧めする。魂について。
「とらいあんぐるハート(全作セット)」…人の交流の優しさをテーマに描いた18禁ゲームの歴史的金字塔。
「CLANNAD‐クラナド‐初回版」…オタク文化の現最高峰。心からプレイをお勧めする。