フリーゲーム評「風雲相討学園フラット」 −ユーモアの力−
「相討ちネガティブギャング」(本作の創作サイトさん。風雲相討学園フラットをDLできます)
”助けたい”と、”助けられない”は同じ意味よ。
(黒岩葵。「風雲相討学園フラット」)
各地で評判の高いフリーゲーム「風雲相討学園フラット」をコンプリート、
いやあ、噂にたがわず、確かに面白い!!\(^^)/
やっててこんなに『ゲームとして楽しいコメディADV』をやったのはいつぶりだろう…、
非常に良質のラヴコメディADV、ぜひプレイを心からお勧めできる逸品です。
本作の非常に優れた特色として、シナリオは電波男的モティーフの先駆け
にして余りにも早過ぎた知る人ぞ知る名作恋愛ゲーム「キャプテン・ラヴ」の
「論撃バトルシステム」を採用しているところ。本作ではこのシステムは
「たたみかけモード」と称され、キャプテン〜より更に洗練されている。
(「論撃バトルシステム」は)敵キャラからの音声メッセージに対して、順次発生する
選択肢で言い返すという、コマンド選択の上手く目先を変えたシステムでありまして…
(がっぷ獅子丸「悪趣味ゲーム紀行2」)
簡単にご説明しますと、普通のノベル系ADVは要所で選択肢があって、それを選ぶと
だらだらだらだら物語が続いて、また要所で選択肢があるの繰り返しですが、本作の
「たたみかけモード」というのは、物語の要所となるヒロインとの対話シーンで、こちら側
の台詞が全部選択肢になるというモードでして、とにかく、実際の会話と同じように全て
の主人公側の台詞をプレイヤーが選択してゆくモードなのですね。しかも本作は好感度
がパラメータとして画面に表示され、こちらが選択肢を選ぶことによってその好感度が目に
見える形で変化してゆくので、選択肢が大量に現れるたたみかけモードは、女の子と絆を
深めたり、逆に決裂しちゃったりする鍵にして、ゲーム性と臨場感の両方を兼ね備えたモード。
いやあ、感動したなあ。キャプテン・ラヴの時は、会話が全てプレイヤーの選択に委ねられる
こういったモードは敵との論戦でしか使えなかったけど、これは本来的には、本作のように、
女の子との大切な対話の時に使ってこそ、その真価を発揮するのだとはっきりと分かったよ。
とにかく、ゲーマーならたたみかけモードは一度体験してみて欲しい。エロゲとかにもこの
モードを採用して欲しいなあ。ADVに上手く日常的な、一回的臨場感を導入することに成功
している。たたみかけモード中はセーブが不可能になるところとか、本当に良く出来ている。
また物語もとても面白い。コメディとして良く出来ていて、もう笑いがとまらないシーンと、
シリアスな、心打つシーンのメリハリが凄く良く出来ている。凄く真面目そうな娘が実は
強烈な腐女子で、その秘密を知ってしまった主人公は、その腐女子と仲直りする為に、
『実は俺はホモなんだ!』
と嘘のカミングアウトしたら、好感度がゼロ近かったのが突然好感度MAX近くまで
跳ねあがった様を見て、腐女子という存在における真の恐怖を感じたり(笑)
どう見ても外見は女子小学生にしかみえないけど、性格は超激烈にして兇暴な
年増女教師(実年齢29才)に、先生は男にモテたりしないんですか〜と訊いたら、
『あたしに声を掛けてくる男はロリコンの変質者だけよ!』
とかなしくもおかしい魂の叫びを聞いたり、日常が愉快過ぎて最高です(笑)
また、ただ日常を狂騒的に面白おかしく過すだけではなく、女の子達はみなそれぞれ
シリアスな悩み苦しみを抱えていて、主人公との恋愛の絆のうちにそれが建設的、
再生的な方向へ、前向きに一歩踏み出すという、恋愛テーマの作品としても良く出来ている。
またそういったシリアスなシーンも、ただシリアスだけなのではなく、主人公もヒロイン達も
ユーモアを持った生活をしていて、それを先にあげた「たたみこみモード」とか示しゆくことで、
シリアスなシーンの中にも一抹のゆとりがあり、それが極めて救いあるアクセントとなっている。
例えば、シリアスなシーンで、さっき挙げた外見と中身のギャップに悩んでいる女性の先生なら、
先生に、「私なんかじゃ興奮しないでしょ」と問われて、たたみかけモード中は全ての台詞が
プレイヤー側選択肢になるんですが、「俺、ロリ入っているから興奮します」とか選択できちゃう
んですよ。そうすると、シリアスなシーンにコメディ色が入って、そこが一つの救いあるユーモア
として働いていて、シリアスがシリアスだけでその重みで潰されたりしない展開になるんですね。
こういうゆとり、好きだなあ。本作においてシリアスな状況に押し潰されそうになっている
女の子達を救うのは、一つにはシリアスな主人公の真心だけど、もう一つはユーモアなんですね。
ニーチェは笑いとは緊張状態が突然緩んだときに起こるというカントの説に傾いている
ようだが、それは一つには、その見解によって、ヘラクレイトスの劇の性質を、
創造と破壊を規定することができるからであり、もう一つはそれによって、人が今笑う
その笑いとはその瞬間と強く結びついたものであって、笑いについての普遍的な視点
など求めることはできはしないと説明することが可能になるからである。………
パロディとはそれ(笑い)を思いのままに楽しもうとする手段である。ニーチェはパロディを、
彼が考える芸術様式、すなわち生を経験する様式の頂点に据える。………
かくしてニーチェはある詩「危険すなわち毒」のなかで、読者にこう警告する。
『笑うことの出来ぬものは、この箇所(下の一文)を読むべきではない!
笑わないならば、『悪魔』が捕まえにくるだろう!』
笑いとは人間の抱える分裂を超越したという唯一の印であり、パロディは
この分裂に到達するための手段である。悪魔、内面の悪魔とは、苦悩を
解決できない(笑えない)という状況が孕む緊張なのである。
(サンダー・L・ギルマン「ニーチェとパロディ」)
重圧的な状況(笑えない状況)を、ユーモアの精神は笑えるものにして
(パロディ化して)、その精神の内面的重圧から人を解き放つことが出来るんですね。
本作のヒロインの中で私が一番好きなのは黒岩葵なのですが、彼女は毒舌家で、
傲慢で高飛車に振る舞っていますが、実は彼女は、両親が交通事故で死んだ後、
莫大な保険金を保護者となった親戚に騙し取られて使われてしまい、親戚の家から
逃げて、弟妹三人をたった一人必死に働き育てているのですね。生活費の工面の
為に借金だらけ…。主人公は彼女を助け様とするのですが、彼女はそれを拒絶し、
自分は生活費の為に売春しているというのですね…ソーニャたん(罪と罰)ですね…。
そんな彼女は、主人公に対して辛くあたるんですが、主人公が持ち前のユーモアで、
決してめげない、彼女がなんでこんな辛く当たっているのに離れないのかと問うと、
『俺はマゾだからさ』とか選択で選べちゃったりする。ユーモアが主人公のゆとりになり、
それがシリアスに重い状況でも、事態を前向きに打破してゆく力となっているんですね。
私はこういう主人公好きだなあ。どうも、ヒロインは処女じゃなきゃダメとか、なんとも
了見の狭いことを云う人がオタクの中に多いことを以前知った時は衝撃でしたからね。
ドストエフスキーの描くヒロインなんて、みんな売春婦ですけど、凄く魅力があって
私は好きです。勿論、ドストエフスキーは売春行為自体を良く描く筈もない。悪として
彼はその行為を描いているけれど、そういった悪が決して汚すことのできない聖性
というものが、人間の中にはあり、それこそが真なる大切なものとして描かれている。
そういった聖性に比べれば、売春の悪なんてものは何の意味もないものですよ。
そしてそういった聖性には、人を好きになる、愛する気持ちも含まれる。
主人公を拒絶する彼女は、裏切られてばかりの人生で(まだ若いのに…)、
弟妹達以外のことはもう誰も信じておらず、誰かを信じて、そしてまた裏切られる
ことを恐れているのですが、彼女の凍てついた心を暖かく溶かしてゆく主人公、
良かったですね…。私は本作で、この彼女が一番好きです。
本作「風雲相討学園フラット」、本当にとても良くできた作品、ぜひプレイお勧めです(^^)
他人に喜びを与える――人を喜ばすのは、
どうしてすべての喜びにまさる喜びなのだろう?
それは、そうすることによって、
我々は自分の五十の衝動に一挙に喜びを与えることになるから。
一つ、一つは小さな喜びであるかもしれない。
しかしそれらを一つの手に収めるならば、
これまでになかったほど手いっぱいになる、――心もまた同じ!
(ニーチェ「曙光」)
参考リンク(本作DL先)
「相討ちネガティブギャング」
参考作品(amazon)
「キャプテン・ラヴ」