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電波男と大人コギャル −目覚めの書−

今日(4/6)の朝日新聞朝刊文化総合面の特集、「大人コギャル増殖中」と云う
記事が、
先日読了した本田透さんの著書「電波男」を裏から立証するような展開
になっており、非常に興味深い…。簡単に云うと女子高生の頃にコギャルだった
女性達が、現在、二十歳を過ぎてもコギャルから卒業せず、大人コギャルとして、
露出イケイケのファッションで闊歩するようになっており、新たな市場が誕生している、と。

本新聞記事によると、25歳前後の大人コギャルに向けたファッション市場は急速に
拡大傾向にあり、「グリッター」「モニカ」「グラマラス」などのその層へのファッション誌、
その層へのファッション専用サイト「エフモード」「ラブ・キュー・ガールズ」などは成功
を収めている。女子高生の頃コギャルだった娘は、ずっとコギャルのまま生きる…と。

極めて興味深いです。やはりここで、所謂「やおい」との類似を考えずにはいられない。

中島梓「コミュニケーション不全症候群」などで指摘される通り、やおいに代表される
女性の内的な趣味一般は、極めて強いある種の生涯的持続性を持っており、
『コギャル』であると云うこと、外形的なファッションが既に内面的に彼女達
「生涯コギャル」達に根付いていると私は推測する。恋愛資本主義の洗練された完成…。

ミシェル・フーコーがその近代社会分析(監獄の誕生)において、近代社会では、
社会からの眼差しを相手の内面に刷り込む(ディシプリン:規律調教)によって、
自発的に、その社会が要請する行動を相手の心から動き出すようにすると、
説きましたが…、本田さんのタームを借りて云えば、恋愛資本主義の規律調教が
既に、完全に心と一つになった状態であるのではないか、全てには敷延できませんが、
ある程度の部分についてはそう云ってしまえる状況なのではないかと私は思います…。

ここで心配なのは、やおいとコギャルとの差異、つまりやおいは社会からの逸脱的趣味
としてある程度「自己意識の選択」が働いているのに対し、コギャルは社会からの要請、
つまり、恋愛資本主義、もっとぶっちゃけて云えば、商業主義からの要請として現われて
いるのであって、その要請を自覚した上で、決断としてコギャルファッションを選んでいる
大人の女性ならば、それはそれで問題なく、人間としての魅力もあると思いますが、
そう云った要請に無頓着にただ社会からの要請を内面化してコギャルファッションを
選んでいる女性は、自己というものが馴致された形でしかない、非常に空虚な社会の鏡
としての自己しかなく、そういった女性にとって、永遠に社会の夢を見せようとするこの
システムは将来極めて破滅的に働く可能性があるのではないか、私は危惧を拭えません。

記事において識者のコメントとして博報堂生活総合研の中村研究員が以下のような
コメントを出しておりますが、私はこれはかなり深刻な一つの事態だと思いますよ…。

「女性は自分が一番きれいだった頃にひきずられるため、女子高生ブーム(コギャルブーム)
を経験した現在25歳前後の人達は、そのときの自信にあふれた感覚を今も捨てきれない
のではないか」………「将来の希望が持ちにくい今、自分の魅力を一番、分かりやすい
形でアピールできるのが若さとセクシーさ」………「そこ(女性達の漠然とした不安)に
大人(恋愛資本主義の仕掛け人達)が商機を見出して、(女性達を)増長させている。
経済が上向きになり、将来に希望が持てるようになれば変わってゆくのではないか」

(博報堂生活総合研究所 中村恭子研究員)

………。途中までまっとうなこと云っているのに、最後の一行で商業主義(恋愛資本主義)
批判に持ちこませない為に不況経済に責任を押しつける博報堂のやり方に…唖然(×o×)

商業主義で人間の主体を馴致し道具化してきたのは、博報堂、あなた達ではないか!!

だいたい、経済が上向きになれば更に商業主義が進行して、女性達が更に心を失った
操り人形に仕立て上げられていくことは目に見えている、それを将来の希望とは笑止千万!!

私は女性のことを大切に思っています。思っていなかったらこのような文は書きません。

女性は男性にとって、男性は女性にとって、お互いにこの世にただ一つの、
異なる性にして同族の人間としてのかけがえなき異性パートナーなのですよ…!

大切に思っているからこそ、自らが傀儡師の手の内で踊らされていることに気が付かない
女性達には、そのことに気付いて欲しい。これは、女性にとって、真実に大切なことだ。

自分が傀儡師の手のなかに在ることに気付くこと、なおかつそれでも傀儡の自覚持って
踊ってやろうという意志の決断があって、そうして大人コギャルになるのなら、私は
それはそれで素晴らしい美しいことだと思う、そういった人間の美しさを私は愛します。

けれど、自分が傀儡師の手の中にいながら、それを自分の意志だと思いこんでしまうこと、
これほど悲しいことはない、それは自らの生を否定してしまっている、とんでもなく悲しい生。

本田透さんの著書「電波男」は、自らが構造の中にいることに気付いてくれと呼びかける著書、
目覚めの著書であり、既に社会の逸脱者、アウトサイダーとして生きることを強いられるオタク
達は、もうすでに目覚めているゆえ、実はこの著書は、オタクにとっては自己確認の著書、
本来的な著書の意味は既に為されており、副次的な自己確認としての意味しか持たない。

この「電波男」と云う本が本当に意味を持つのは、例えば大人コギャルの一部の層、
現実に疑いを抱かない層、自己を失って夢のなかでまどろんでいる層に対してなんですよ。

こういった層こそに、きちんと読んで欲しい本、現実を現実として鑑みない層、自分は現実に適合
していると思い、自分は現実なんてことは考えたこともない、というような女性層こそが、この本の
真の読者として相応しい、人はいつかは外から与えられる夢から目覚めなくてはならないのだから。

そして、目覚めた後、自らを問いなおして、自らの夢を見るがいい。

自らの夢を自ら見るとき、人間は人間として生まれるのだから。

「電波男」は、女性にこそ読んで欲しいと、私は切に願う。

あなたに目覚めと、目覚めの後の素敵な夢がありますように。

参考リンク
「二次元にはかなわない☆ 電波男読んだYO!」(女性の読者の方の電波男感想記)

参考図書(amazon)
本田透「電波男」

中島梓「コミュニケーション不全症候群」

ミシェル・フーコー「監獄の誕生」

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