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食卓の味方 −限界値突破−

今月は正月そうそうにPCを新調した為、PC購入時に食費に手を付けてしまい…

食費が限界的に大ピンチです。それはもう一年戦争末期のジオン軍並のピンチ!!

このままでは1月20日頃に食費は底を尽き、餓死ルート一直線の為、緊縮財政的
な食生活を行っていたところ…、そんな私の窮状を救う救世主が現れた!!

救世主の名、それは……

「マルちゃんの札幌スープカレーワンタン」!!

これが実に素晴らしい、ビューティホー!!と叫ばずにはおれない偉大な食品でして、
この食品はディスカウントストアの安売りで1個30円で売ってたんですが、そのまま食べる
と量の少なめなワンタンの入ったスープカレーなんですが、このワンタンのスープに
ご飯やパンを入れると凄く美味しいスープカレーライスやスープカレーパンに早変り!!

これが実に美味しくて、しかも必要なのはこのスープカレーワンタンとご飯やパンだけ
ですから、一回の食費を100円以下(30円+数十円(ご飯やパン代))に抑えられる!!

まさに神!!神の食品だ!!ありがとうマルちゃん!!マルちゃんは私の命の恩人!!

という訳で、今週の月曜日に一気にこのワンタンを50個(1500円分)買いまして、

朝:ワンタン+ご飯orパン 昼:無し 夜:ワンタン+ご飯orパン
 
という食生活を今日で既に5日間送っているのですが、やった…これなら、あと40食の
ワンタンがあるから、後20日は食事に困らないで済む!!ありがとう、マルちゃん!!

まあ、今日も本屋さんでバタイユの「ランスの大聖堂」と「スピードグラファー」
の3巻と飛浩隆の「象られた力」と橋本紡の「半分の月がのぼる空 第1巻」
を買ったので、書籍費を削れば食費は捻出できることはできるんですが、
食費は限界を超えて削っても、書籍費は削れない、それが私の運命(^^;

ちなみに余談ですが、橋本紡の「半分の月がのぼる空」はお金があまりに無かったので、
図書館で借りて済ませようと思ったら、1巻も2巻以降も全部貸し出されている上に、
予約がみんな数人分入ってた…。ああ!!図書館に行くたびにいつも思うんですけど、
図書館はもっとコミックやライトノベルの在庫確保にも力を入れるべきですよね。だって、
若い人が図書館で借りる本って大体ライトノベルかコミックかのどちらかであることが
ほとんどじゃないですか。ライトノベルやコミックの棚は貸し出しの回転率が極めて高くて、
いつも貸し出されているから、閑散としていますよ。だけど、ライトノベルやコミックの
棚って、他のジャンルの書籍の棚に比べると、凄く小さい…、普通の本屋じゃ考えられない
くらい、小さい…。私は哲学書を良く借りますけど、哲学書の棚はライトノベルやコミック
の棚の数倍の量を取ってるし、揃えもきちんとしていて、しかも貸し出しの回転率が低い
から、本がぎっしり詰まっている。私は哲学書をライトノベルと同じく色々借りるんで
助かってはいるけど、なんだかなあとは思いますね…。若い図書館利用者に便宜を
図るのならば、若い人に人気のあるジャンルを優先的に確保する必要があると思いますよ。

まあ、図書館話は余談なので閑話休題。スープカレーワンタン神という救世主が降臨し、
ワンタン神を創造したマルちゃんに命を救われた私ですが、どうもここ2、3日、眩暈が
以前より頻繁に起きて、………頭がくらくらするよ…そして、さっき、夕食のスープカレー
ワンタンパンを食べていたところ、なんにもしてないのに、鼻血が出てきたよ…

あれ…俺の身体は一体どうしちゃ… 意識が……とお…く………

あれ、と思った。
おかしい。
頭がクラクラする。
ものすごい疲労感が身体の奥底のほうからわきあがってきた。
今まで僕を突き動かしていたエネルギーがいきなり消えてしまったみたいだった。
膝が崩れるのを感じた。

(橋本紡「半分の月がのぼる空」)

参考図書(amazon)
橋本紡「半分の月がのぼる空」

ジョルジュ・バタイユ「ランスの大聖堂」

飛浩隆「象られた力」

仁木稔「スピードグラファー 第1巻」

仁木稔「スピードグラファー 第2巻」

仁木稔「スピードグラファー 第3巻(完結)」

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半分の月がのぼる空 −もしも主人公が私だったら…−

WOWOWで放送していたアニメ「半分の月がのぼる空 第一話」を視聴
したんですが、おお、これはえらく出来が良いですよ!!\(^^)/

物語は心臓弁膜症の少女と、良性の急性肝炎の少年が病院でボーイミーツガール
する話で、まんまエロゲのシナリオみたいな話ですが、丁寧に描かれていて好感。

ちなみに難病のヒロインは芥川龍之介が好きという設定で、主人公とヒロインが
初めて出会ったとき、少女が「私はその本では(芥川の作品の)『蜜柑』が好き」
と声を掛けるんですが、もしも主人公が私の場合だったら…

「ふむ、君は蜜柑が好きなのか。吉本隆明はかの作をかなり酷評気味なところも
あるが、私もあれはなかなか素朴な温かみがあって好きだね。然し、やはり
「歯車」に勝るものはないだろう。あの病的な緊迫感と文学的な水準を高く持ったまま
展開する連鎖的な死への妄想の連なりはまさに文芸の至極だとは思わないかね!!
死と向き合った妄想する意識をあまりに文芸的に描いた作品として、世界的に見て
最高水準だと云えると私は考えるが君はどうか?フォークナーの「響きと怒り」
第二部と比較する向きもあるようだが、やはり芥川の方が妄想的な意識の連なりを
意識的に導入する技巧という観点においては、遥かに冴え渡った作風とは云えないかね。
確かに「響きと怒り」の第二部は素晴らしい。ある種、芥川を超えていることは認める。
しかし、彼が自らの死を賭して「文芸的、あまりに文芸的」に意識を投入するその神経は…
(べらべらべらべらべら)

「……………」

「……つまりそこに芥川の悲劇がある訳だ。インテリゲンチャとしての意識が元来彼の…
(べらべらべらべらべら)

「帰れ!!帰れよう!!!」

………蜜柑を投げつけられて追い払われる予感。フラグ立て失敗〜終了〜。ああああ!!

べらべらべらべら語っちゃうのは、お喋り好きの文学好きの宿命なのです…(爆)

参考図書(amazon)
橋本紡「半分の月がのぼる空」

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けものみちと白夜行 −世界に対するスタンス−

松本清張の「けものみち」と、東野圭吾の「白夜行」が本日(1/12)から
同じ時間帯(21:00)にTV朝日系列とTBS系列でそれぞれドラマ化されますね。

私は、松本清張の「けものみち」は原作が大好きで、特にメインヒロインの
悪女「成沢民子」にはある種の惚れ惚れとした魅力を感じたのですが…、

東野圭吾の「白夜行」には、少なくとも原作を読んだ限りでは、メインヒロイン
である鬼畜外道で残虐な悪女「唐沢雪穂」には、寒気しか感じられなかったな…。

両作品とも、悪女が権謀術数の限りを尽くして権力の階段を駆け上ってゆく
ピカレスク・ロマンであることは一致していますが、主人公である悪女の
描き方、人物性が両作品では全く違うのですね。対極と云ってもいい。

けものみちのヒロイン、民子は、「権力を手に入れるために頑張るぞ〜!!」みたいな
ところがあって、悪党だけど、人間臭くて人懐っこくて陽性なところがある、冷たさの下には、
鬼畜王ランスに出てくるランスみたいな感じの、明るい悪党の魅力があるけれど…

白夜行のヒロイン、雪穂は、なんと云えばいいのか…冷酷無比で人間とは思えない。
この雪穂という女は、小さい頃、母親に売られて売春させられていて、自分を買った
男と自分の母親を、自分を買った男の息子を利用してまだ子供の頃に完全犯罪で
殺害するという、なんというか…救いようのない人生を送ってきていて、全世界を
激しく深く怨恨している、寒気がするとしか云いようのないタイプの女として描かれる…。

彼女のやり口は、けものみちの民子とは全く違って、民子はやり方はともかく、
自らの力で成り上がってゆくのが基本的な志向ですが、雪穂は、決して表には
出ずに、自分を買った男の息子を犯罪の手駒として操って、自分はそれによって
漁夫の利を得るという、自分に絶対手が及ばないようなやり方で成り上がって行き、
しかも、その過程では、民子の方は悪党同士の権力闘争の中を成り上がって行く感じ
ですが、雪穂の方は、弱い人々、善良な人々を食い物にすることで成り上がって行く…。

云ってみれば、民子は世界を愛しているけれど、雪穂は世界を憎悪している。

けものみちは読んでいて清々しさを、ピカレスク・ロマンにあるにも関わらず、感じる
ところがあって、そこが好きなんですが、白夜行は、寒気と後味の悪さしか感じなかった…。

白夜行で、一番後味が悪くて許せないなと感じたのは、雪穂は最終的に、大富豪を
色気で誑かしてその家を乗っ取るのですが、その大富豪の先妻の幼い娘だけが、
幼いものだけが持つ無垢なる眼差しで、雪穂の裡なる真の邪悪さを見抜いて、
父親に「あの女の人は危険だ!!」という警告を何度も発するのですね…。

その娘を邪魔に思った雪穂の行動が…。雪穂は自分の手駒である男を使って、その娘を
無理やり手ひどく暴行強姦させ、その娘が廃人寸前になっているところを、まるで
「雪穂が助けた」ようにその娘に見せかけ、そして廃人寸前のその娘を慰めることで、
その娘の信頼を得て、その子を自分の支配下に置くのですね…。真の邪悪を感じた…。

雪穂のやり方って、常にこういった、人々の善意や信頼を食い物にするやり方で…。

白夜行の物語は、雪穂が権力の階段を上って行き、誰もそれを裁けないという形で終わり…、

私は、慄然とした寒気を感じずにはおれなかった…。

ちなみに続編の「幻夜」では、この残虐な鬼畜は更に邪悪にやりたい放題しています…。

白夜行や幻夜は、ピカレスク・ロマンとしては、真なる邪悪を描くということで、優れた作品
かもしれませんが、それでも、とても、ドラマで見る気にはなれない作品ですね…。

ヒロインの雪穂の世界に対するスタンスが、あまりに、私と違いすぎて、寒気を感じる。

どちらを私が視聴するかと云ったら、それは明白に「けものみち」の方ですね。
私はけものみちの民子のような、人間臭い温かみのある悪党の方が、とても好きですから。
民子は悪党だけれど、世界に対するスタンスは、世界を彼女は愛している――。

「混乱と混沌。破壊とバイオレンスとエロスに
満ちた楽しい世界を、俺様が作ってやる」

「ほんとう??」

「ああ、本当だ。俺様は、嘘なんかついたことはない」

「……もう嘘ついている……」

「なんだと?」

「君……ぼくが知らないとでも思っているの?
君が世界を統一した個体だってこと……わかってるよ」

「ぎく……」

「君が、ぼくの遊び場から混乱を奪った張本人じゃないか」

「ぎくぎく」

「そんな奴……信用したくないよ」

「こ……これから破壊してやる。お前の望み通りに」

「……嘘。ぼくにはわかるぞ。
君の心は、安息を求めている。
君は、真の鬼畜じゃないもん」

(創造神ルドサラウムとランスの会話。「鬼畜王ランス」より)

参考作品(amazon)
東野圭吾「白夜行」

東野圭吾「幻夜」

松本清張「けものみち 上巻」

松本清張「けものみち 下巻」

アリスソフト「ランス5D」

アリスソフト「ランス6」

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曙光の音楽

今日(1/09)のNHKクローズアップ現代「大好き!モーツァルト」は良い番組でしたね。

私はモーツァルト大好きで、彼の音楽を聴くと浮き浮きと楽しい気分になって

くるのですが、この番組はそんな彼の音楽の魅力を丁寧に描いていて好感(^^)

モーツァルトの音楽の魅力で、ゲストの音楽家の青柳いづみこさんが
モーツァルトの音楽は音符がニコニコしているって話していましたけど、
これなんか、私も実感ですね。彼の音楽って、凄く、心が華やかになる。

モーツァルトを聞きながら目を瞑ると、特に彼の初期の音楽ほどそうですが、
純粋無垢な可愛い女の子(ショタでも可)がニコニコ微笑みかけてくるような、
それこそ、聴いているだけで、心が浮き上がって晴れやかな気持ちになってくる。

やっぱり私は、彼のディヴェルティメントが大好きで、ほんと、聴いてると、
嬉しくて涙がでそうになってくるよ…、暖かい素敵な喜びの感情が刺激される。

本番組でも紹介していましたが、モーツァルトは、若い頃は周囲に明るく愛され、
そして自らも周囲を明るく愛して暮らしていた、そんな彼の陽性な魂の光とでも
いうべき神秘が、その音楽には宿っている。ほんとうに、ニコニコ笑ってる音楽。

モーツァルトの音楽、そこには人の根源的な幸せの輝きがあるのだと私は思うよ――。

「友らのあいだで」

いっしょに黙っているのは、すばらしい、
いっしょに笑っているのは、もっとすばらしい、――
絹のような空の下で
苔やブナの木によりかかって
こころよく友らと高笑いして
白い歯をみせあっているのは。

(ニーチェ「人間的、あまりに人間的」)

参考作品(amazon)

モーツァルト「ディヴェルティメント集」

モーツァルト「初期交響曲集」

モーツァルト「100曲モーツァルト」

モーツァルト「ベストモーツァルト100」

モーツァルト、他「ベストクラシックス100」

モーツァルト、他「ベストピアノ100」

フリードリヒ・ニーチェ「人間的、あまりに人間的」(上巻)

フリードリヒ・ニーチェ「人間的、あまりに人間的」(下巻)

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「Fate/stay night」アニメ版

「Fate/stay night」のTVアニメ版第一話を視聴。

いやあ、とても丁寧にアニメ化されてますね。素直に感心した。
ゲームのアニメ化として、一つの理想的な形ではないでしょうか。
新しい要素を加味して別の作品としてアレンジするタイプのアニメ化
ではなく、ゲームという原作を徹底的に忠実にアニメ化して描く、まさに、
”アニメに起こしたFate”とでもいうべき逸品に仕上がっているかと。

第一回がこの出来とは、次回以降が俄然楽しみになってきましたよ(^^)

参考作品(amazon)
TYPE-MOONFate/stay night

TYPE-MOONFate/hollow ataraxia

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病者のレンズ

理解しなくてはならないのは、いっさいの知性は単に広大な偶発性に
過ぎず、誰でもそれを失う可能性があるということだ。それも、死んだ
存在としての狂人としてではなく、生のなかにあり、その魅惑と息吹を
(生のではなく知性のだ)、おのれの上に感じている生きた人間としてである。

(アントナン・アルトー「神経の秤」)

私は十年来の持病で良性発作性頭位眩暈症を患ってるんですが、ここ数年
落ち着いていたと思っていたら最近、また酷くなってきて…難儀しています。

十代の頃、一度車に引かれていて(青信号守って横断歩道を渡っていたのに
信号無視の車に跳ねられた…)全身打撲と骨折をしたことがあって、そのとき
頭も強く打っているので、どうもそれが原因みたいなんですが、耳の中にある
耳石が私の場合は剥離しているみたいで、耳石が三半規管に入って、神経を
撹乱して、酷い酩酊感と吐気が…。この文章を書いている今も、その感覚が…。

この眩暈は治す方法が残念ながらない眩暈でして、薬(沈暈剤)で抑えるしか
ないんですね。私の場合、この眩暈の中では結構症状が重い方みたいでして、
それこそ症状が一気にきた時は、世界が上下左右てんでバラバラにグルグル回って、
とても立っていられず、椅子に座った状態ですら、そのまま椅子ごと倒れてしまう…。
眩暈の薬である鎮暈剤は、眩暈の症状を和らげるので、飲んでいるとなんとか
卒倒するようなことは避けられます。眩暈の人にとっては救いの神。
突然卒倒してしまうような状況(方向感覚と重力の感覚が滅茶苦茶になっている
だけで意識は明晰でしっかりしているのが、辛い…)では生活にならないので、
眩暈が重くなってきたら予防的に鎮暈剤を飲むようにしているのですが、飲むと
眠くなる&気持ちが悪くて…。然し、薬を飲まないでも、眩暈が一度起こると、
眩暈が治まり方向感覚を取り戻した後も、ずっと頭がクラクラする気持ち悪さと、
吐気がずっと続き、薬はその症状を和らげるので、重宝はしていますが…。

眩暈を体験したことのあるかたなら分かると思いますが、人間が「これは絶対だ!」
と思っている感覚、例えば重力とか、大地とか、実は、人間にとってあやふやなもの
なのだなと、眩暈が起こるたびに私は思いますよ…。眩暈が起こると、もう、重力も、
大地も、空も、自分の周りの空間全てが、全く信頼のおけない空間、捩れ歪み、
グルグルと回る空間へと変貌しますから…。普段気に留めない当たり前のことが、
実はとても貴いことなんだということを、感じますよ。普段のように世界を感じる、
大地があって、空があって、自分は大地に足を下ろし、大地と空はしっかりと不動の
存在として、自らと対峙している、そんな当たり前のことが、実は凄く貴いことなんだ
ということを、眩暈がするたびに身を持って噛み締めております…。……………。

見方は、一つではない…。

病者の光学によって、自分のよりは、もっと健康な概念と価値を見渡し、
そして逆に、豊かな生の充実と自信とからデカダンス本能のひそかな営み
を見下ろすこと――この修業に、私は一番長く年季をかけたし、
私に何か本当の意味の経験があったと言えるとすれば、このことこそ
まさにそれであり、何かの道で私が達人になったと言えるならば、
まさにこの道においてだ。今では私はこの技術をすっかりものにした。
ものの見方を換えるということ………

(ニーチェ「この人を見よ」)

ほどなく私は起きて、鳥の歌声を聞くために

森へ行こうと考えた

深い朝霧が去ってしまえば

明るく晴れた空があるのだ

(チョーサー「黒騎士の嘆き」)

参考図書(amazon)
アントナン・アルトー「ヴァン・ゴッホ」(神経の秤)

フリードリヒ・ニーチェ「この人を見よ」

ジェフリー・チョーサー「カンタベリー物語」

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「古畑任三郎とアンチ・ミステリ」

「パソコンを新調〜☆」

「パソコンがぶっ壊れた…」

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謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。
2006年がよき希望と優しさの実る御年であることを願っております――。

おまえは白いマントに包まれて
しずかに安らっている
母なる大地よ!
今春の歌はどこに、夏の鳥たちはどこに
おまえの花で彩る祭の衣装はどこにいったのだ

おまえは今裸になって眠っている
おまえの牧草地や高原には
羊も羊飼いもいないし
蜜蜂も唸らない
けれどもおまえはまどろみの中で安らかである

上にはよき天の父が
けっしてまどろむことなく
おまえの衣装を織りなして下さる
おまえは安らかに眠るがよい
父は新しい力と新しい光へと
疲れた者をやがて目覚めさせてくれる

やがて春のいぶきの中で
おまえは生命へと目覚め、驚くほど若返って
父のいぶきがくだり
大地よ、おまえは再び髪に
花の冠をつけて立ち上がるのだ

(フリードリヒ・クルマッハー)

年越しは紅白歌合戦見た後、除夜の鐘を聴いていたんですが、
年が明けた後TVを付けたら、TV東京が一番素敵な放送してますね。
オーケストラがモーツァルトの「ジュピター」第四楽章を流している。
新年に相応しいギリシア美の輝き、アポロンの音楽だ!!
新年は復活と再生、そして新たなる世の始まりのとき。
よき年になることを、心より願おう!!

人々よ、新年に挨拶しよう
ようこそ、ようこそ、
心よともに
聖なるものを歓呼して迎えよう!

新年の中に始めがある
太陽と風が
青い蒼穹を運行する!

(メーリケ)

参考作品(amazon)
モーツァルト(指揮:ベーム)「後期六大交響曲集」

植田重雄「ヨーロッパの祭と伝承」

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雑記log(12)

「ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編」 -梨花ちゃまはパメラたんの転生だった!-

「ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編」をプレイ中…。まんまグリムウッドの「リプレイ」だ…。
筋書(避けられぬ死と死のたびの意識のタイムトラベル)がここまで同じだとある意味感動を覚えるよ(^^;
しかし今回、これはこれで中々面白い
リプレイ系超常物作品なのですよ〜。にぱ〜☆

もはや全くミステリじゃないけれど(笑)リプレイ系作品としては今のところ中々面白く楽しめます〜。

ちなみに表題の”パメラたん”が誰か分からない人はグリムウッドのリプレイを読みましょう、にぱ〜☆

あと、思うんですけど…。本作の主人公の梨花は、死ぬたびにリプレイしているので、未来を見通せるのですね。

でも、自分が死のたびにリプレイしている超常的な存在であることを村の誰にも信じて貰えず、
梨花は一人で、とても無力で、自らが何者かに殺される死の運命を避けられない悲劇的存在なのですが…。

でもこれって、新聞などを使い必然的に発生する運命的な様々な事象を徹底的に暗記した後にリプレイして、
その覚えた知識で予言しまくれば、究極の予言者として梨花は普通に凄い存在になれると思うのだが…。
天災や事故、株価の上下や世界情勢などを精緻に予言しまくれば、だれも梨花の超常能力を疑うもの
などいないし、そうなれば、世界的なVIPだから、もう誰も手を出せないと思うんですけどね…。
つうか、株価の予知ができるんだから、億万長者になるの簡単だし、(取引は公由あたりを通せば良い)
一度世俗的な力を手に入れて、ボディガードを自分に大量にくっつけりゃあ済む話としか思えない…(^^;

参考図書(amazon)
ケン・グリムウッド「リプレイ」

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ナイショのよりみち -究極の衝撃-

ナイショのよりみち公式サイト  CAGE「ナイショのよりみち」(amazon)

私は、今、究極の衝撃を受けた――!!!

みなとくんLOVE!!!!!

みなとくんが、私の全身全霊を奪っていってしまった!!
おお、愛の焔が、我が身を焼き尽くす!!みなとくん、みなとくん、みなとくん!!


おにいちゃん……ボクを……およめさんにして……?

答えはYesなんだあ!!ああ、みなとくんへ我が心持を詠おう――。

高麗錦、紐解きあけて、寝るがえに、
あどせろとかも、あやにかなしき

(「万葉集 東歌)」)

参考作品(amazon)
CAGE「ナイショのよりみち」

中西進「万葉集 全訳注原文付(三)」(東歌)

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ユメミルクスリ −暗い学校と良き力の灯火−

ユメミルクスリ公式サイト  ruf「ユメミルクスリ」(amazon)

”独立心の基底に深く横たわる確信、すなわち人間への密かな信頼、
人類の持つフマニタスへの信頼”以上に、私達の疑惑の時代(現代)
から遠く隔たっているものなどありうるでしょうか。

(ハンナ・アレント「暗い時代の人々」)

rufの新作、田中ロミオさん(山田一さん)の手による作品「ユメミルクスリ」をプレイ中…。

なんつーか、重たいゲームですね、胃にどんと鉛の塊が乗ったかのような、強烈な重さ…。

高校を舞台に、クラスの不良とその恋人の女番長から、「刑事事件として立件しろよ!!」
と思わず叫びたくなるほど酷いイジメを受けているヒロインと、その子を助けようとして、
いつしか恋仲になり、そしてその子と同じように陰湿なイジメを受ける物語の主人公…。

プレイしていて、「お前ら、まずはイジメの状況を録音するか何かして警察行け!!親に相談しろ!」
と思わず云いたくなる作品でして、こういうレベルのイジメは、もう刑事事件として取り組むべきだなと。

私なんかは、自分の高校生活と照らしあわせると、こういうのには、違和感ありますね…。

私の高校では、今思えばツイていたんでしょうけど、この物語(ユメミルクスリ)では、不良=悪
の図式ですが、私の高校時代は逆に、クラスの不良っぽいTOPが今思えば凄い良い奴で、
イジメみたいのをしっかり抑えてたんですね。バイク通学してる、河原で十数人と喧嘩して
相手を骨折させたとか噂のある、クラス全員がビビりながら敬遠している不良の噂のある子と、
一二年のとき、一緒のクラスだったんですが、彼はまず外見が、普通にナンパで、いかにも
遊んでいる風で、そういうところも、彼の不良というか、遊び人というか、そういうイメージを
増幅させていましたが、実は彼は凄く良い奴だったんですね。その子には、可愛いけど
パッパラパーぽい恋人がいて、学校でいつもイチャイチャしていましたが、彼女が、イジメとか
大嫌いな子で、なんかクラスでおかしな雰囲気があると、「何々君をいじめちゃだめ〜!!」
みたいに、平気で叫んじゃうんですね。でも、彼女はそのあと、ちゃんとその子に気を使って、
フォローしてて、優しい子だったですね…。彼女がイジメられそうになった子をフォローしてるとき、
恋人の彼は、イジメっぽいことにしてる奴に、彼女のために睨みを利かす、みたいなスタンスで、
彼自身はポーズ的には正義漢ぶる訳じゃないけど、でも今思えば、陰湿なイジメとか、そういったこと
が全然なかったのは、クラスの権力関係でTOPの位置にいた彼と彼女のおかげだなと思いますね…。
正義漢ぶったりしないのは、彼なりの照れ隠しみたいのもあったんだろうなと思いますよ。

勿論、友達グループのあいだでの権力関係(パシリとか)みたいのはありましたけど、でも、
クラスで、許せないようなイジメとかそういうのはなかったですね。みんな結構和気藹々だった。
私も含めて、クラスから浮いちゃうようなところのある子にとっては、今思えば、彼と彼女が、
表に見えない形で守って、助けていたんだなと思いますね。三年になって、彼彼女とは別の
クラスになったら、クラスの中が酷く陰湿でじめじめしていて、ああ、前のクラスは、彼と彼女
がクラスの規律を表立たない形で守っていたからこそ、良いクラスだったんだなと思いましたね…。

ちなみに学校の教師は何の役にも立ってなかったな…。一二年の頃の私のいたクラスが、
自由奔放かつ和気藹々として、暗い影がなかったその功績は、彼、彼女のものですよ。

今は、私のクラスメートだった彼と彼女のような子、力があって、クラスで一目置かれていて、
なお人倫的に振る舞って、弱きを助けて、悪は許さない、みたいな子はもう、いないのかな…と、
ユメミルクスリをプレイしていると思いますね。この作品、主人公は別として、後はみんな、
力のある奴は弱い子を虐める悪党だし、他の連中はそいつらに目を付けられないよう見て見ぬ
振りをしていて、なんというか、どうしようもなく邪悪で疑心に満ち閉塞していて、ああ…orz

本当に強いのならば、人を虐めるのではなく、人を助けることを為す、それが、人間の
人心の在り方としての、本当の強さだと思いますね。そして私が、こんな風に思って、
そんな強さを願っているのには、やっぱり、高校の時の彼と彼女の影響ってあるなあと、
今から思えば、感じますね…。若いとき、人倫の意識の高い、良き人と一緒にいるか、
それとも悪党の巣窟にいるかで、そうとう、後の己の意識、己の人心の在り方は影響を
受けてくる訳で、良き人のいない時代というのは、非常に、先行きが、暗い時代ですね…。

でも、そんな時代だからこそ、己自身の営みはとても大切で、良き力の灯火を決して消さずに、
それを広げてゆきたいな、そんな強さを持ちたいなと、私は心から深く思います――。

彼(チャールズ・ディケンズ)は声を上げて笑っている。
そしてその笑いにはどことなく、怒りが感じられる。
だが、勝ち誇ったところや、悪意は微塵も感じられない。
それはつねに何ものかと闘っている、だが堂々と闘って
決してひるむことのない男の顔である。
広い心を持ちながら怒っている男の顔――言いかえれば、
十九世紀の自由主義者、自由な知性の顔である。

(オーウェル「オーウェル評論集」)

参考作品(amazon)
ruf「ユメミルクスリ」

ハンナ・アレント「暗い時代の人々」

オーウェル「オーウェル評論集」

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真実の愛――魂の崇拝。

本日は皆様に私が一緒にクリスマスをすごした最愛の娘をご紹介――。

その子の名は、のぞみさま!!!!!

ああ、のぞみさま…、私にとって全てが、パーフェクトな女神さまだ!!!

ぜひ、皆さんにも「かわれて☆パラダイスたいけんばん」のプレイお勧めです〜(^^)

信じよう。
僕達は、本気で愛を・・・

(コミックLO2月号)

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果てしない虚無

喜びを共にする感情。――我々を噛む蛇は、我々を痛い目にあわせたと思って喜ぶ。
つまり、最低限の動物でも、ひとの苦痛を表象することができるのだ。しかし、人の喜びを
表象し、しかも喜びを感じることは、最高種の動物たちの最高の特権であり、そしてまた、
かれらのうちでも最も選り抜きの模範的な連中だけが手にし得る特権である。
――したがって、それは稀少種の<人間性>humanumである。
だから、この<喜びを共にする感情>を否認した哲学者たちがいたほどである。

(ニーチェ「人間的、あまりに人間的」)

先ほど(12/21・12:00)TVニュース見ていたら、イギリスのロンドン空港を離陸した
飛行機が着陸装置のトラブルでロンドン空港に緊急着陸の用意をしているということで、
周りには万が一のときの為、消防車や救急隊が掛けつけているそうなんですが、
私も思わず、無事に着陸できることを祈っていました。90人の乗客がいるそうで…。

その直後のニュースが連日報道している耐震偽造物件のニュースで、なんだか…、
もう、理解し難いと感じた…。人を助けようとみんなが祈り、働いているニュースの後で、
こういう、人の命をなんとも思っていない偽造連中の責任の擦り付け合いを見ると…。

本当に、理解し難い…。

今回の偽造の件で一番悪いのは偽造した連中であり、住人は被害者、まずこれは基本的な
ことだし、それに、人が住む場所を、金の為に、崩壊してもいいように作るというのが理解不能…。

何も、心に思うこと、心が痛むことはなかったのだろうか、それが一番理解できない…。

私なんかだと、自分に理がある、もしくはその場に競う理があると感じるフェアな競争とか
だったら、人と競い合ったり戦ったりするのは寧ろ好きな方ですが、それをズルして勝つ
とかすれば心が痛むし、理がないことで人を傷つけたりしたら、ずっと気分が悪くて、
腹の奥にすごく重くて暗い、辛い感覚があるような状態になってしまうのに…。
喧嘩したりしても、もしそれが自分が悪い要因だと感じたら、すごく苦しくて辛いのに…。

喧嘩とかだって、相手が傷ついて、それが自分に責があると感じたら、凄く辛いのに…。

自分が金を儲ける為に耐震偽造するなんて、自分の悪い要因の為に人を死に追いやるという
ことでしょう。そんな、とてつもないことに、偽造した人々は耐えられるというのが、理解できない…。

戦争とかで、相手を殺さなければ自分が死ぬとか、独裁国家のなかで強権的に支配されていて、
支配者の命令に従わなければ強制収容所送りとか、そういう極限状態の中で悪を為さざるえない
ならば、まだ私にも理解できる、
それは他人事ではない悪の在り方だと思うし、恐いと思うけれど…。

今回の事件のように、ただ、自分が儲ける為に、人を死に追いやるような行動を取るというのは、
姉歯も、木村建設も、ヒューザーも、イーホームズも、総研も、みんな、理解を絶しているよ…。

人を自分が金を儲けたいという欲望のために死に追いやるなんて、それは、その行為を
為したものに、非常に深い、永遠の重責を、与えるもの、それは耐え難いもの、それが…。

彼らは、耐え難いものを、何も感じないのだろうか。私は、彼らの抱く感覚が、分からない…。

我々の生活が一般的にギブ・アンド・テイクの原則に従っていると言えばたいていのものが
なにほどかは反感を覚えるであろう。そのことは人生において実証的であることがいかに
困難であるかを示している。利己主義というものですら、殆どすべてが想像上のものである。
しかも利己主義者である要件とは、(他者への)想像力を持たぬということである。
利己主義者が非情と思われるのは、彼には愛情や同情とかがないためであるよりも、
彼には想像力がないからである。そのように、想像力は人生にとって根本的なものである。
人間は理性によってというよりも、想像力によって動物から区別される。愛情ですら、
想像力なくしては何物であるか。愛情は、想像力によって量られる。実証主義は本質的に
非情である。実証主義の果てが虚無主義であるのは、だから当然のことである。………
利己主義者は、自分は十分に合理的な人間であると思っている。そのことを彼は公言もするし、
誇りにさえしている。彼は、彼の理智の限界が想像力の欠乏にあることを理解しないのである。

(三木清「人生論ノート」)

ヒューザーの社長やイーホームズの社長を見ると、ただ、果てしない、虚無を感じる…。

参考図書(amazon)
三木清「人生論ノート」

フリードリヒ・ニーチェ「人間的、あまりに人間的」(上巻)

フリードリヒ・ニーチェ「人間的、あまりに人間的」(下巻)

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暗示の技法 −CCS−

裏トランスヴォイスFAN!公式サイト

最近、催眠暗示ドラマCD「裏トランスヴォイスFAN!」に嵌っているんですが、
いやあ、これ面白いですね。このドラマCDは女の子の催眠術師にセクシャルで
マゾヒスティックな催眠暗示を掛けてもらうというシリーズで、極めて面白い\(^^)/

催眠術師としての女の子達の腕前は、まあ、なんというか…正直なところ、かなりアレレな感じ
ですが、(こんなに簡単に催眠術を掛けることは不可能で、これを聞いて本格的な催眠状態に
入る心配は無用)それでも、私のようなマゾにとっては夢のようなシチュが揃えられており、
CDの催眠暗示+自己暗示でマゾヒスティックなチャームの世界へトリップしちゃいますよ(^^)

私は大学生の頃、相当に本気で一時期、催眠術師を目指していたことがあって、それ系
(精神世界系)の同好の士の集りに出ていたり、かなりベテランの催眠術師に教えを乞うたり、
かなり色々取り組んでいたんですが、催眠術の面白いところは、催眠術師として腕を磨くと
いうことは、自己への暗示の感受性と自己暗示操作の練度を高めるというところがあって…。

催眠術(催眠暗示)をやると、「人間って、結構簡単に変わっちゃうもんなんだ」ってことを
思うようになりますよ。催眠術というのは、色々な流派、色々な考え方がありますが、
基本的には、相手の欲望を引き出す術なんですね。例えば、手が重くなる催眠なんかは、
初歩中の初歩ですが、あれは相手(被験者)の中の「催眠術を信じたい」欲望に訴えかけて、
相手のその欲望を「催眠術を信じる」欲望にスイッチさせる術なんですね。

簡単に解説すると、別に手が重くなっても、特に大きなデメリットみたいなものは被験者に
感じられない訳ですよ。そこが狙い目で、催眠術に掛かる被験者は、「催眠術を信じたい」
欲望と、「催眠術を信じられない」欲望の二つを抱いていますから、催眠術師は、後者の
欲望を不顕在化して、前者の欲望を顕在化することに全力を注ぐ。相手をリラックスさせて、
何も考えないような状態において、そして、相手の「催眠術を信じたい」欲望に訴えかける。
そこで、相手が催眠術に掛かったような行動をしてくれたら、そのとき、相手の「催眠術を
信じたい」欲望は、「催眠術を信じた」欲望へとスイッチする。そうしたら、あとはその欲望を
育ててゆくことで、だんだんと深い催眠状態(深い信仰状態)へと誘導して行く。

これは、信頼できる相手と互いに催眠術を掛け合ったりすると分かりますが、人間って、
結構簡単に「催眠状態=信仰状態」に入っていっちゃうものなんですよ。また、術の訓練や、
催眠被験者としての訓練を積むと、自己暗示で、相当に状態が変えられるようになります。

自己暗示(瞑想)で有名なのでは、「自律訓練法」がありますが、もっと簡単に、
深呼吸とリラックス暗示だけで、相当心身に影響を与えられますよ。

ちょっと簡単にご紹介すると…。

@身体をリラックスできる状態に置く。寝る、ソファにゆったりと腰掛ける等。
A目を瞑り、ゆったりとした気分に身を委ね、何も考えずに肉体に身を任す。
Bゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐く。何も考えずに、しばらくそれを繰り返す。
C息を吸うときに、自分が新しくなるような感覚をイメージする。息を吐くときに、
自分の中の重いものが抜けてゆくようにイメージする。それをしばらく繰り返す。
Dパンと両手を打ち鳴らしたら清々しい気持ちで目覚めることをゆっくりと深呼吸の中でイメージする。
E両手を打ち鳴らして、目を開ける。醒めていない感じがあるなら、また手を打ち鳴らす。

これだけで相当リフレッシュできます。ちなみに私はさらに自己流にアレンジした
自己暗示法を編み出しました!!名付けて、萌え暗示「CCS」!!(マテ

@身体をリラックスできる状態に置く。寝る、ソファにゆったりと腰掛ける等。
A目を瞑り、ゆったりとした気分に身を委ね、何も考えずに肉体に身を任す。
Bゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐く。何も考えずに、しばらくそれを繰り返す。
C息を吸うときに、木之本桜たんの姿をイメージする。息を吐くときに、桜たんが
「絶対だいじょうぶだよ」と語りかけてくるのをイメージする。それをしばらく繰り返す。
D「はにゃ〜ん」と叫んだら清々しい気持ちで目覚めることをゆっくりと深呼吸の中でイメージする。
E叫ぶ。

はにゃ〜ん!!

参考作品(amazon)
林貞年「催眠術のかけ方」

クラズナー「クラズナー博士のあなたにもできるヒプノセラピー」

「カードキャプターさくらDVD-BOX第1巻」

「カードキャプターさくらDVD-BOX第2巻」

「カードキャプターさくらDVD-BOX第3巻」

劇場版カードキャプターさくら「封印されたカード」

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アニメ「ノエイン もうひとりの君へ」 −響きの宇宙−

「ノエイン もうひとりの君へ」公式サイト  「ノエイン もう一人の君へ」(DVD各巻。amazon)

宇宙の全ての物質を形成する量子に、人の想いは時に干渉する力場を持つことがある。
(ノエイン)

ある考えを理解するとは、それを自分の精神内のほかのシンボルすべてと
徹底的に組み合わせ、あらゆることについての自分の考えを変えることだった。

(グレッグ・イーガン「ディアスポラ」)

アニメ「ノエイン もうひとりの君へ」が…見てたら、涙が溢れちゃったよ…(TvT)

今クールのアニメはローゼンとかなのはとか銀盤とか、佳作良作揃いだけど、
「ノエイン」だけ、他のアニメと一線を超えた、名作としての品格を持っているね…。

心に想いが沸き上がるとでも云うか…、心の奥底に、この作品は響くよ…。

プランク定数が崩壊した宇宙と他の宇宙との接触を描く本格量子SFとしても
抜群の出来栄えだけど、それよりも何より、人間の心を、すごく丁寧に真摯に
描いていて、心に、すごく、響くんだ…。とても優れた作品だけが持つ、響き…。

目に見えない、そしてとても貴いものである愛情を、本作は描いていて…、
愛情、非日常的な事態の中における愛情は分かりやすいけど、日常的な
人々の生活の中における愛情は、その時その時の生活の中では分からなくて…、
後になって、経験を積んで、視野を広げて、生活が過ぎ去ってしまった後に、
自分が愛されていたこと、なにげない生活の中に愛情が介在していたことが、
分かるんだよね…。これは歳を積むと、深く深く実感してゆくことと思う…。

人は、歳を積むほどに、過去のかけがえのなさを、深く、感じることとなる…。

そして、それはまた、今のかえがえのなさを、深く、感じること。

「ノエイン」本当に良い作、まだ未見の方はぜひ見て欲しいと思います…。

「大丈夫よ。だって、親子だもん」
(ノエイン)

参考作品(amazon)
「ノエイン もう一人の君へ」(DVD各巻)

「ノエイン もう一人の君へ OPテーマ Idea」

「ノエイン もう一人の君へ EDテーマ 夜明けの足音」

グレッグ・イーガン「ディアスポラ」

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「AIRAM EVA」 −最強の敵−

「AIRAM EVA」DLサイト(ベクター)

お医者さんが自分の身体に宿る末期癌と死闘を繰り広げるゲーム「AIRAM EVA」に
超ハマリ中。物凄く面白くて時間を忘れてプレイしているんだけど、あああ…。

癌が、あまりに強敵過ぎる!!このゲームは天才医師が、離れ離島の医者として島の
人々を助けながら医療技術の腕を磨き、自らの身体に巣食った癌と戦う医療SLGなのですが…

あまりにも、癌が強過ぎるんだあああ!!癌、それは最強の敵!!

医者として磨いた医療技術を持ってして、自分の身体を自分で治療して身体を治そう
とする作品なのですが、最初のプレイでは癌に瞬殺され、二回目もまた同じく瞬殺。

↓一回目のプレイデータ。60日目に癌で死亡。(二回目も同じようなもの)
★アイラムイヴ・直前クリアデータだよもん星・だよもん医院の長森先生(16)のカルテ
クリア:0回目 セーブ回数:1回
日数:61日 最大完治コンボ:3Combo
診断数:112人 完治数:51 クレーム数:97 殺人数:2
知:3 器:1 精:0 探:4
注射:0 点滴:0 服用:0 ぬり:0 手術:0 カウ:0 他:0 蘇生:0
善悪度:普通 最終医師成績:0% 最終名声:10
EDルート:[A]


だよもん長森とついているのは、私がゲームキャラに名前を付ける時は、長森にして、
地名に名前を付ける時は、だよもんってつけてるだけだから気にしないでだよもん。

…ああ、もはや万策尽きて、ブトウ糖の注射を自分に打ちながら絶望的な敵の前に屈服する…
なんとも云えない悲しみと絶望感溢れる良作ゲームです。敵(癌)が、あまりに強過ぎる…。

今、三回目のプレイなんですが、死ぬ気で医療技術の腕を特訓し、抗がん剤を開発し、
手術の腕を死ぬ気で磨き、レントゲン設備を作って、モルヒネ用意して、万策揃えて本作
のラスボス、まさに人類のラスボスといっていい、癌に対して挑んだんです!!

………激しい死闘が続いた。あらゆる治療法を繰りだし、手術を試みた…。そして…。



癌、強過ぎるよ…。俺は、癌との戦いに全力を尽くした…。それなのに、癌を駆逐出来ない…。

このゲーム、癌の進行と戦うことで、主人公の寿命を伸ばせるんですが、
物凄い…緊迫感…。一日、一日が、こんなに緊迫しているゲームは初めてだ…。

いま、残りの三十日の間に癌を駆逐する為に、必死で戦ってます…。

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イデアのきた道

今BS2の「初恋のきた道」見てるんですけど、ああ…。私は断言する、これは最高の傑作映画であり、

チャン・ツィイーは至高のヒロインであると!!

マジ惚れたよ…。完全に理想を体現している。最高だ!!!素晴らしい娘さんだよ…(TvT)

参考作品(amazon)
チャン・イーモウ監督「初恋のきた道」

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性欲ロマン主義 〜フロイト的、あまりにフロイト的〜

まるくすタン〜学園の階級闘争〜(公式サイト)

色々なところで話題になってる萌え共産本「まるくすタン」に爆笑。まるくすタン達が性的欲望を
満たす為のメイド人形の名前が「レンシェンちゃん」なのはヤバ過ぎると思います、萌え同志!!
ちなみに理解を深めたい人は「インテレクチュアルズ」を読むといいかと思います。こっちも爆笑。

これ(インテレクチュアルズ)、ずいぶん面白い本でさ、もっと紹介しちまおうかな。………
もちろんこうした人たち、それぞれ天才的な人たちだから、多少異常なところがあっても
当たり前なんだけど、(女性を食い物にしながら)一方で女性を理解しているようなことを
いうのは、やっぱり欺瞞だし、よくないよね。精神(著作)と肉体(行動)の乖離、これ天才の
パターンです。でもこのような、肉欲旺盛だからこそ女のことばかり考え、その結果女性解放
運動に向かうというパターンの人は、日本の進歩的文化人にも多いから気をつけてください。

(筒井康隆「文学部唯野教授の女性問答」)

「人間は生まれつき嘘吐きである」、とラ・ブリュイエールは言った。「真理は単純であり、
そして人間はけばけばしいこと、飾り立てることを好む。真理は人間には属さない。それは
いわば出来あがって、そのあらゆる完全性において、天から来る。そして人間は自分自身
の作品、作り事と御伽噺のほか愛さない。」人間が生まれつき嘘吐きであるというのは、虚栄が
彼の存在の一般的本質であるためである。そこで彼はけばけばしいこと、飾り立てることを
好む。虚栄はその実体に従っていうと虚無である。だから人間は作り事や御伽噺を作る
のであり、そのような自分自身の作品を愛するのである。真理は人間の仕事ではない。それは
出来あがっており、そのあらゆる完全性において、人間とは関係なく、そこにあるものである。………

ひとがただ他の人間に対する関係においてのみ偽善的になると考えるのは間違っている。
偽善は虚栄であり、虚栄の実体は虚無である。そして虚無は人間の存在そのものである。
あらゆる徳が本来自己におけるものであるように、あらゆる悪徳もまた本来自己における
ものである。その自己を忘れて、ただ他の人間、社会をのみ考えるところから偽善者という
ものが生じる。それだから道徳の社会性ということが力説されるようになって以来、いかに
多くの偽善者が生じたであろうか。或いはむしろ道徳の社会性というが如き理論は現代に
特徴的な偽善をかばうためにことさら述べられているようにさえ見えるのである。我々の誰が
偽善的ではないであろうか。虚栄は人間の存在の一般的本質である。偽善者が恐ろしいのは、
彼が偽善的な人間であるためであるというよりも、彼が意識的な人間だからである。しかし
彼が意識しているのは自己ではなく、虚無でもなく、ただ他の人間、社会というものである。

(三木清「人生論ノート」)

図り得ぬ証拠のなかに、まなざし、身振り、口調の微妙さがある。
私は愛の本当のまなざしを認知し、それを偽りのまなざしから区別するかもしれない。
そして、もちろん、ここには私の判断についての図り得る保証は存在しうる。
しかし、その違いを記述することが全然できないかもしれない。
しかも、このことは、私の熟知している言語がそのための語を備えていないから
ではない。そうだとしたら、なぜ私は端的に新しい語を導入しないのか。
――もし私が最高に才能のある画家であったとしたら、私が画像上に本当の
まなざしと見せかけのまなざしを描出していることも、考えられよう。

(ウィトゲンシュタイン「哲学探求」)

「わたしには1つ、心配事があるのだ」
死の間際にレーニンが言った。
「人々は君についていくだろうか?同志スターリン。君はどう思うかね」
「きっとついていくでしょう。それが彼らの意志ですから」
スターリンは自信たっぷりに言った。
「ふむ。わたしもそう期待している。しかし、
もしも君に誰もついていかなかったとしたら」
「心配には及びません」
スターリンは言った。
「その時、彼らはあなたについていくでしょうから」

(ロシアン・ジョーク)

参考図書(amazon)
おおつやすたか「まるくすタン〜学園の階級闘争〜」

ポール・ジョンソン「インテレクチュアルズ」

筒井康隆「文学部唯野教授の女性問答」

三木清「人生論ノート」

ウィトゲンシュタイン「ウィトゲンシュタイン全集8 哲学探求」

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幸福の創造

幸福は伝わるものだ。もし幸福になろうと思うなら、幸福な人々の中で生きたまえ。
(スタンダール「赤と黒」)

同性市民パートナー法(ASTATINEさん)

素晴らしい。こういうところを見るとやっぱり欧州は素敵な先進国だよなと思うなあ(^^)

そして、これで私も、桜川みなと君と同性パートナーなのです!!\(^^)/

「愛情にはひとつの法則しかない。それは愛する人を幸せにするということ」
人を愛するということは、その人を幸せにするために生きるということである。

(スタンダール。「みんなのたあ坊の哲人訓」より)

同性間でも、胸を張って幸せになれる世の中が日本にも訪れると良いですね…。

参考リンク
ナイショのよりみち公式サイト(みなと君シナリオの体験版がDLできます)

参考作品(amazon)
CAGE「ナイショのよりみち」

サンリオ、辻信太郎「みんなのたあ坊の哲人訓」

スタンダール「赤と黒 上巻」

スタンダール「赤と黒 下巻」

スタンダール「恋愛論」

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リベルタン、あまりにリベルタン

あなたの身体はあなたのもの、あなただけのものなのよ。世界中であなただけが、
その身体を享楽する権利も、また自分の気に入った人に享楽させる権利も持っているのよ。

(マルキ・ド・サド「閨房哲学」)

サドがその小説の中で描いてみせたように、私達は肉体の階級制度をどんどん打破
するべきです。性器の優位を覆し、全ての性感帯を復活させるべきです。クンニリングス
もフェラチオも、大いに奨励すべきです。それどころか、できれば背中にも、足の裏にも、
おへそにも、鼻の穴にも、つぎつぎと性感帯を押し広げるべきでありましょう。

(澁澤龍彦「快楽主義の哲学」)

「全高校にコンドームを 仏シラク大統領が提案」(ヤフーニュース)

感動した!!だいたい暴力的な行動の多くはフロイトを引くまでもなく性衝動の無理やりな抑圧から
生まれているものですから、セックスフリーなら治安は回復みんなハッピーラヴ&ピースなのさあ(^^)

いくらなんといおうが下賎の身分の者に過ぎぬ、そう奥様は仰るかも知れません。………
いいえ、例え私が彼よりも身分の高い女であろうとも、あれほどの喜び(セックスの喜び)
を与えてくれる以上、彼は私と同じ身分とみなしてよいではないでしょうか。………
快楽を与える才能のある男こそ、最高のもののように思うのです。それに比べれば、
地位や身分や名誉など、まったくおしなべてくだらないものとしか思えません。
私の哲学では、一切は感覚が愛すべき中心としてあるのです。
H――さんの生まれの良さ、財産、高尚なセンスなど、いずれをとってみても窮屈で
圧迫感が残ります。愛の唱和などとはおよそ縁遠いものばかりです。先方もその
プライドをなくすつもりはなかったでしょう。ところが、(自分を無心に愛してくれる)
この若者とならば、共に愛の喜びへと浸りきることができるのです。
言わせて頂ければ、気楽に自由に語り合える者こそ、いちばん愛し合えるのです。
ただひたすらに愛する技術に専念してくれる相手とならば、何の気兼ねもなく悦楽の中へ
と身を沈め、思いついたどんな楽しい行為でも実行に移す事ができるのですから。

(ジョン・クレランド「ファニー・ヒル」)

いやあ、まさにその通りですね!!(^^)/

私、このファニー・ヒルって小説、大好きなんだなあ(^^)好きな女の子と仲良くなる方法として、
SEXの技術を磨くという手もある訳で、決してそれこそ、地位や身分や才能だけでは人の魅力は
決まらない。そんなところが、コミュニケートとしてのセックスの良いところだと私は思いますね。

私は純潔思想とか婚前交渉の禁止とかはまったく馬鹿げた笑止たる代物だと思うし、時間的な
持続としての永遠の愛とか、結婚制度とか、全然信じていません。今挙げたような概念こそが、
人間を狭苦しい性抑圧の檻の中に閉じこめ、人間を不幸にしている代物以外の何物でもない。

人間の性は、自由と多様性をそれぞれが認め合って、それぞれが快楽を感じることを認め合ってこそ、
それぞれの他者性というものが、本当の意味でコミュニケーションとして開かれてゆくものだと思うし、
多様なセックスは開かれたものであるべきだと思っているよ。だから日本のじめじめした風土は苦手。

ただ、ここで注意しないければいけないのは、必ず守らなければならない点が二点あって、一点は
あらゆる共同行為における人間関係の基本である、「共同行為は互いの合意の上での行為であること」
これは、セックスに限らず、あらゆる共同行為の基礎となる関係の合意性であって、当然守るべきこと。

そしてもう一つが、これは男女のセックスにしかない問題だけど「避妊」という問題であって、
この問題は、常に男性が女性に重荷を背負わせるという形で現れる。なぜなら、妊娠するのは
必ず女性であるのだから。ゆえに、そういった片務的な関係、一方的に女性がリスクを背負う
関係である以上、男女の相互的な関係ということを考えれば、男性は女性以上に、常に性行為
の時は避妊について気を払わねばなりませんよ。、片務的な関係をフェアな相互性にしてゆく為に。

このシラク大統領のコンドーム提案はエイズ対策を考えた提案なので、コンドームの提案ですが、
私は本当は、男性用ピルみたいなものが開発されて、薬局で買えるようになるのが一番良いと思う。

コンドームは100%の避妊を保障するものではないし、女性用ピルは女性の身体に負担を掛ける。
はっきり云って、女性の身体と男性の身体、どちらがより精妙でより大切なものかと云えば、
それは女性の身体の方であるのは自明ですよ。男性なんてのは身体的に見れば女性の
出来損ないみたいなものでして(笑)、次代へと生命を繋いで行く連環としての生命種としての
生命として、女性の身体の完成性というものは、男性よりも遥かに高いものとして完成している。

だから余談ですが、女になってみたいなあ…。オカマさんになりたいとか女装したいってことではなく、
完全に女性の肉体の中に意識を移してみたいですよ…。そんな私にとって、男主人公がロリっ娘に
変身してしまう
「姉汁」の性転換シナリオはそれはもう最高至福の一時だったですよ…(^^)
もし肉体をチェンジできるなら美少女ロリになるのが私の理想です!毎日鏡見て過すんだあ…。うふふ。

美を愛する気持ち、生命の輝きを愛する気持ちがあれば、女性の身体をおざなりに扱うような
ことは決して出来ないと私は思います。美と生に対する畏敬の念、それが何より大切なこと。

よりよきもの――美と愛をもって遊ぶこと。エロティシズムは人間が生み出した最高の芸術遊戯!

セックスの社会学に関していえば、エロティシズムはその遊戯形式を完成させている。
それがコケットリというもので、これは社交において、甚だかろやかに、
全くの戯れとして、しかもこの上なく広く実現されている。………

私達は、ただ生命を無視することで生命から解放されるのではない。
そうではなく、生命の諸形式の一見全く勝手な戯れ(エロティックな社交)
のうちで、その最も深い真実の意味や力を――しかし、この真実そのものを
抜きにして――形成し体験することによって解放される。………

人生の一切の問題と一切の重圧とが現れる共同生活および相互作用、
それが(エロティックな)社交ではいわば芸術的な遊戯と化して享受される。
それは同時に繊細になり希薄になりながら、しかも、そこになお現実的な内容の
ある諸力の響きが聞こえ、しかも、その重圧は蒸発して一つの魅力となる。

(ゲオルク・ジンメル「社会学の根本問題」)

すべて移ろい行くものは、
永遠なるものの比喩にすぎず。
かつて満たされざりしもの、
今ここに満たさる。
名状すべからざるもの、
ここに遂げられたり。
永遠にして女性的なるもの、
われらを引きて昇らしむ。

(ゲーテ「ファウスト」)

参考作品(amazon)
マルキ・ド・サド「閨房哲学」

澁澤龍彦「快楽主義の哲学」

ジョン・クレランド「ファニー・ヒル」

アトリエかぐや「姉汁 白川三姉妹におまかせ」

ゲオルク・ジンメル「社会学の根本問題」

ゲーテ「ファウスト 第一部」

ゲーテ「ファウスト 第二部」

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インターナショナル・オタク -世界化する電波男-

11/28NHK「きょうの世界」を見ていたら、世界から見たオタク特集というのがやっていて、
オタク・ジャポニカの著者エチエンヌ・バラールさんをゲストにオタク特集やっていたんですが…。

オーストラリアの国営放送ABCがオタクのドキュメンタリーを放映して、そのABCの番組を
日本語吹き替えで流していたんですが………

いきなりしろはたの本田透さんキタ―――!!!

番組は初っ端からオタクのカリスマとして本田透さんにインタビューしながら
進んで行くという構成で、この番組作ったオーストラリアの製作スタッフは神!!

番組の初っ端は、本田透さんがみさき先輩を「僕の妻です」と紹介するところから
始まりまして、もう、私は滝のように感動の涙がグワっと溢れましたよ。
ちゃんと「現実の女には興味ありません」「モテ趣味には興味ありません」って云ってた(^^)

ちなみにインタビューやナレーションの背景には本田透さんのサイト「しろはた」の
映像を使っていて、
みのぴよとか紹介されてて…もう、これがオーストラリアで放映
されているのかと思ったら感無量でしたよ、感動した!!!としか云いようがないよ!!!

参考作品(amazon)
本田透「電波男」

本田透「電波大戦」

本田透「萌える男」

エチエンヌ・バラール「オタク・ジャポニカ」

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「姉汁」 −快楽の逆説−

「姉汁 白川三姉妹におまかせ」公式サイト  「姉汁 白川三姉妹におまかせ」(amazon)

姉汁をプレイ中…あまりにもエロ過ぎて話が全然進まないよ!!(笑)

いやあ、これ凄いですね…、もはや、過去のエロゲと、完全に世界が逆転している…。

昔のエロゲ、昔のセックス規範だと、「男は女の子を気持ち良くすることに喜びを感じる」
「女の子は男に気持ち良くしてもらうことに喜びを感じる」と云う、能動・受動関係でしたが…

姉汁の場合は「女の子は男を気持ち良くすることに喜びを感じる」
「男は女の子に気持ち良くしてもらうことに喜びを感じる」と云う、能動・受動関係に!!

感動した!!

いやあ、快楽から疎外されている男の悲劇をずっと語ってきた上野千鶴子氏あたりに、
ぜひ姉汁をプレイしてもらって、感想を聞いてみたいものですよ。もはや、逆転したのです!!

我々男性が、能動主体ではなく受動客体となり身体の快楽を手に入れる時代が到達した!!

性における能動的主体と受動的な客体の関係には、身体的な快楽の面では
逆転するという逆説があります。能動的な主体としての男は、快楽の与え手、
受動的な客体としての女は、快楽の受け手となって、結果的に主体の方からは
身体的な快楽が剥奪されます。男にとっての性愛のゴールが女の喜悦の中に
あるというのは、男権的な性愛の文化シナリオの逆説でした。………

(男権的な主体・男と客体・女の関係は)逆に、身体性はどこまでいっても女の側
にあって、男の側にはないということになります。性愛の中では、男の(身体からの)
疎外の方が深いのでしょう。実際に、女性は快楽を身体化することに夢中で、男性は
それを媒介にしてしか自己の性的な意味を確認できないという仕組みに(近代の
男権的性愛観は)なっているのです。そうすると、男性はアチーブメント(獲得目標)
としてしかセクシュアリティが存在せず、身体性としては存在しえないということになります。

(上野千鶴子「スカートの下の劇場」)

セックスにおいては能動主体が受動客体に身体的に奉仕するという逆説がある。
ゆえに、支配-被支配的に優位な方が、身体から疎外され、劣位な方が、身体の快を得る。

男性は今まで優位の能動主体であったがゆえに、身体から疎外されていたが、
昨今は男性が劣位の受動客体になることで、身体の快を得るようになったのです。

やった、やりましたよ、上野先生!!ついに、エロゲ世界では、男女主客関係が逆転した!!

なんて素晴らしいんだ!!!!!!

もっともっとこの流れを推し進めて女尊男卑社会の確立を目指しましょう。
我々が主体から離れて客体化されればされるほど、快楽はより身体化されてゆく。


ああ、なんて素晴らしいんだ!!
日本の未来は女性が男性を支配する悦ばしき社会になるに違いない。
そしてその社会こそ、男性の快楽がパーフェクトに身体化された社会、
かの偉大なる女尊男卑の帝国「イース帝国」の如き究極の快楽世界に!!

我らの社会の明日なるイースに、栄光あれ!!

参考作品(amazon)
アトリエかぐや「姉汁 白川三姉妹におまかせ」

上野千鶴子「スカートの下の劇場」

沼正三「家畜人ヤプー」

江川達也「家畜人ヤプー」(コミック版)

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ミニコラム「朝まで生エロゲ」

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ミニコラム「一輪の花がある」

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メディアセックスを補完する力としての風俗 −リビドー・アース−

「風俗は短期的な解決にはなりうる」(「刺身☆ブーメラン(金子健介)のはてなダイアリー」さん)

いやあ、これ大賛成!!(^^)もっと、生身のSEX、メディアセックス問わず、門戸を開いた方がいい。
私のような意識がエロゲ世界と接続している人間にとってはメディアセックスの方が心身の満足感が
遥かに高いように感じますが(笑)、ただ生身のセックスで何がいい?ということを考えると、それは
ある種のゆとりが生身のセックスした後は持てるようになるということですね。これは言語化しにくい
ですが、敢えて言葉にすればゆとりとしか云いようがないですね。心の余裕というのをもたらす不思議
な効果がセックスにはある。多分、セルフ・コンフィデンス、自己経験に伴う自己信頼感情の充足が、
生身の(そして恋愛もしくは風俗といった形での合意の上での)セックスには伴うのだと思います。

勿論、自己信頼感情は、エロゲ等のメディアセックスでも満たすことが出来ますが、然し、生身の
セックス体験前だとどうしても不全感――まだ生身を体験していない、生身の方が本当のセックス
で、メディアセックスは擬似的なものに過ぎないのではないか、という意識がメディアセックス
への没入を阻害し、メディアセックスにおける自己信頼感情の充足を妨げてしまっている。

そこで、生身のセックスを体験しておけば、「エロゲの方が生身より良いぜ!!オナニー万歳!!」
みたいな(笑)、不全感を抱くことなくメディアセックスの方に没入でき、そこから自己信頼感情も
豊饒なる海のように沸きあがることでしょう(^^)メディアセックスの不全感を消し去り、自己信頼感情
を高める為の快楽行為として、恋愛できる人やSEXフレンドがいる人はそこで大いに楽しめばいいし、
そういったルートがない人は風俗で楽しむというのも、大変良き道程であると私は思います。

皆様に宮台真司氏の文章をご紹介。私はこの文章、まさに正鵠を射ていると思うなあ。

性の話をしましょう。最近の動機不透明な凶悪犯罪を犯す少年達は、
(日本の社会が青少年の性を禁圧した為に)思春期前期にありがちな
性的危機を克服できていないという共通の特徴がみられます。………

明治以降の近代化のプロセスにおいても、伝統的な色街や花街が重大な機能を
果たしていました。………今では、そういうコミュニケーションはなくなっています。………

(セックスの抑圧による)メディアセックス(AV、エロゲetc)の急進によって、相手を見出せない
ようなタイプの性的嗜好を抱えた男性が増えた結果、彼らのニーズに応えて、80年代に
なると「ニュー風俗」ブームが爆発します。ひとことでいえば風俗の「イメクラ化」です。………
メディアセックスを通じて性的自己形成を遂げた男性にとっての性的対象や性的行為は
もはや自然にはみつかりにくいことが背景にはあります。………

性的危機の克服失敗が、暴力的傾向を促進するという形を取るものが、
実際問題として目立ちます。例えば、これは僕自身が実際に経験した話ですが、
とても暴力的な若者がいるとします。彼らの多くは童貞です。そうした若者を
アダルトビデオの製作業者に男優として紹介して、女優の子と数回セックスすると、
突如、魂が入れ替わったのかのように攻撃性が薄れて、丸くなってしまうということが
実際にあるのです。これは別に性欲中枢と暴力中枢が接近している云々といった
小田普的な話ではなく、要はこれだけ社会の中に性的なものが溢れかえっており、
なおかつ自分が性にうまくコミットできなければ、自分は社会から弾き出されている
ように感じる訳です。それが、生身のセックスという形で女の子に受け入れてもらえると、
とたんに社会と敵対する理由はなくなり、柔和な存在となるのです。
そうしたことをよく考える必要があります。………

性的危機からの克服は、性からの隔離によっては果たされません。むしろ逆効果となります。

(宮台真司。「『脱社会化』と少年犯罪」)

上の宮台さんの言葉を証明するように、「電波男」「萌える男」の著者の本田透さんが、

さすがにメカ萌えからは一歩引いてしまいますが、クローンであれば、異議ありません。
ですから、メカマルチじゃなくて、クローンマルチの配給を、私は薦めます。
まあメカがいいという人はメカを配給してもらえばいいんですけどね。
国連は、全世界の人民に、クローンマルチを配給するべきなのであります。
これでアフリカ諸国での人口の爆発的増加が抑止できますし、コンドームを輸入するなんて
けしからんからセックスを禁止せい、などという事態も回避できるのです。

また、マルチの股間に「エルサレム」とでも刻印しておけば、
各宗教による聖地の奪い合いなんぞも終わることでしょう。
また、近年わが祖国を震撼させておる援助交際なんぞも一発で終焉します。
性病の蔓延も防げます。
リビドーをマルチ・アースに流せるので、切れる若者もいなくなります。
もういいことづくめなわけです。


と、サイト「しろはた」で仰っておりますが、まさに完璧なる真理ィィィィィィ!!!

まあ、メカ娘フェチの私はクローンよりも、メカの方がいいなあ。きれいな水飲めるし(爆)

参考作品(amazon)
宮台真司、藤井誠二「『脱社会化』と少年犯罪」

本田透「電波男」

本田透「萌える男」

leaf「To Heart リニューアルパッケージ」

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歴史の反復 −マジ・ネタ周期論とコードな現実−

反復という概念は、過去から遡ってくる追憶という概念に置き換えることができます。
ヘーゲルがいう媒介とか移行の概念は、未来へ反復する追憶という概念に当ることになります。

(吉本隆明「<アジア的>ということ」)

広告企画者の乙木一史氏が大塚英志氏のマジぶりをネタにして冷笑する文章
書いてますが、こういうのを見ると、歴史は反復するなあ…と思わずにはいられないよ(^^;

日本という国はだいたい10年周期でマジ世代とネタ世代の交代が起こっていて、2000年代は
ネタ世代周期に当るんですが、ネタ周期になると過去のマジ世代周期を嘲笑・冷笑する
動きが必ず起こってくるんですね。逆にマジ周期では過去のマジ周期がリスペクトされる。

簡単に説明すると、マジ世代・マジ周期とは、マジな人達によるマジな価値観がリスペクトされる
世代・周期です。この時期の大きな特徴はモダン(近代的)で、理想主義的で、真面目なこと。
価値に対して真剣に自分の信念を賭してコミットすることが貴ばれ、情熱的で熱血しやすいです。

そしてもう一つのネタ世代・ネタ周期とは、何でもネタにしてしまう人達による、あらゆる価値観
が破壊され相対化されることが最も重要視される世代・周期です。この時期の大きな特徴は
ポストモダン的で、相対主義的で、冷笑的なこと。あらゆる価値を相対化して嘲笑することが利巧な
振るまいとして考えられ、常に物事から距離を置き、何事にもコミットしないことが重要視されます。

マジ世代の中心的な有名人物としては、広瀬隆氏、小林よしのり氏、富野由悠季氏など。
大塚英志氏は間違いなくこちらの系譜に連なります。イデアリスト達の系譜。

ネタ世代の中心的な有名人物としては、糸井重里氏、ビートたけし氏、浅田彰氏など。
乙木一史氏は間違いなくこちらの系譜に連なります。アクティヴ・ニヒリスト達の系譜。

これらの世代は、ネタ世代はマジ世代を嘲笑し、マジ世代はネタ世代を無視して過去の
マジ世代をリスペクトするという形でずっと続いているんですよ。このような年代譜になります。

1950年代:マジ世代。
1960年代:ネタ世代。
1970年代:マジ世代。
1980年代:ネタ世代。
1990年代:マジ世代。
2000年代:ネタ世代。


乙木一史氏が、80年代新人類ライターが「マジな奴らってダサくてカッコ悪くて最悪〜」
と書きまくっていたネタ世代の冷笑ネタを忠実に反復するのを見ると、歴史というのは、
本当に出来事を反復し続ける構造的な代物であると、思わずにはいられないですね…。

我々はシーシュポスである運命から逃れられないのかと、思わざるを得ない…。

ただ、それにしても、歴史を無自覚に反復させることは、永遠に同じ物事が繰り返されて
しまうだけで、それは停滞する意識しか生まない、我々はいかにしてその反復を認識するか
という歴史的問題意識を持ち続けることが大切なことなのではないかと、私は思いますね…。

例えば東浩紀先生の大塚英志評なんかは、歴史的問題意識をはっきりと表していて、流石
としか云いようがない…。認識のレベルが極めて高い、本物の哲学者だと思いますね…。

(コミックの世界と現実の犯罪が同期してしまうような事実は)作家としての大塚の「先見性」
や「同時代性」を証明するものではない。いや、そうなのかもしれないが、それならば、むしろ
そんな「先見性」や「同時代性」が成立してしまう単純な社会について考える必要がある。
大塚自身が憂鬱げに語るように(サブカルチャー反戦論)この事態は、現実の出来事とメディア
が作り出すイメージの差異が溶解し、世界を動かす政治的現実も、ジャンクなサブカルチャーも
すべてがフラットに同じ種類の想像力で規定されてしまうような、そういう世界の出現を意味している。
………大塚は、エンタイテイメント系作家としての一面を持つ批評家として、いまその現実に
もっとも敏感に反応し、真剣に困惑している作家なのではないかと思う。………
企画会議で捏造された犯罪と、真の世界史的事件の間にはもはやいかなるズレもない。
そもそもあの(9・11)テロがハリウッド映画の模倣であるとは、誰もが感じたことだ。

(東浩紀「郵便的不安たち#」)

ボードリヤールですね…。イメージが現実として流通する高度情報化社会においては、
もはや虚構(構築された現実)と現実(自然存在として把握される現実)の区別が消える。

(現代の現実とは)現実のイメージにすぎなかったものと混同されてしまっている。
(ボードリヤール「象徴空間と死」)

歴史=生の反復して流れる枠を知り、なおそこに侵食するテクノロジーの触媒作用を知り、
自らの限界=悲劇的運命を知ることなくしては、人は自らを自らとして生きること叶わぬでしょう。

この神話(シーシュポスの神話)が悲劇的であるのは、主人公が意識に目覚めているからだ。
きっとやりとげられるという希望が岩を押し上げるその一歩ごとに彼を支えているのならば、
彼の苦痛などはどこにもないということになるだろう。(しかしそうではないと彼は意識している)
こんにちの労働者は、生活の毎日毎日を、同じ仕事に没頭している。その運命は
シーシュポスに劣らず無意味だ。然し、彼らが悲劇的であるのは、彼らが意識的に明晰に
なる稀な一瞬だけだ。ところが、神々のプロレタリアートであるシーシュポスは、無力でしかも
反抗するシーシュポスは、自らの絶望的な在り方をすみずみまで知っている。
まさにこの絶望的な在り方を、彼は(永遠に繰り返される)下山のあいだ中、考えているのだ。
彼を苦しめたに違いない彼の明敏な眼差しが、同時に、(自らの絶望的な在り方を
知る=自らと世界を知るという)彼の勝利を完全に約束する。………

かぎりなく悲惨な境遇(生における必然性の認識)は、担うにはあまりに重過ぎる。
これが僕らのゲッセマネの夜だ。然し、人を押し潰す真理は、認識によって滅びる。
オイディプスの場合も同じだ。オイディプスは、はじめはそれと知らずして運命に従う。
彼が運命を知った瞬間から、彼の悲劇は始まる。しかし、まさにその同じ瞬間に、
盲い絶望した彼は、自分をこの世界に繋ぎとめる唯一の絆が若い娘(アンティゴネー)
の瑞々しい手であったことを知る。この時、途方もない言葉が響き渡るのだ、
「これほどおびただしい試練を受けようとも、私の高齢と私の魂の偉大さは、
私にこう判断させる。すべてよし、と」………

僕はシーシュポスを山の麓にのこそう!人はいつも、繰り返し繰り返し、
自らの(必然的な)重荷を見出す。しかしシーシュポスは、神々を否定し、
岩を持ち上げるよりも高位の忠勇を人に教えるのだ。

彼もまた、(人が決して超えられない運命を)「すべてよし」と判断しているのだ。
この時(必然性を憎み絶望することを止めた時)以後、もはや支配者を持たぬ
この宇宙は、彼には不毛だとも下らぬとも思えない。

岩の上の結晶の一つ一つが、夜に満たされたこの山の鉱物質の
輝きの一つ一つが、それだけで、一つの世界をかたちづくる。
頂上めがけての戦い、ただそれだけで、人間の心を満たすに十分たりるのだ。
いまや、シーシュポスは幸福なのだと思わねばならぬ。

(カミュ「シーシュポスの神話」)

今日という日がただ一度かぎりで二度とは来ないことを、絶えず肝に銘じておくがよかろう。
(ショウペンハウアー「幸福について」)

参考リンク
「Schopenhauer」(La Luna Della Notteさん)

参考図書(amazon)
カミュ「シーシュポスの神話」

ショウペンハウアー「幸福について」

東浩紀「郵便的不安たち#」

ボードリヤール「象徴交換と死」

ボードリヤール「消費社会の神話と構造」

吉本隆明「<アジア的>ということ」

キルケゴール「反復」

ヘーゲル「歴史哲学講義 上巻」

ヘーゲル「歴史哲学講義 下巻」

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冬のフリーゲーム三昧

エロゲが今週の25日になるまで、何も欲しい作がでない日々が続くので、フリーゲームばかりを
プレイする毎日を過す今日この頃、その中から皆様にお勧めできる作品をいくつかご紹介。

「稲妻教師&女教師 伝説の教壇の盾」(Project Lipsさん)

大ヒットした18禁ゲーム「Fate/stay night」のパロディ作品。とある街で新たな聖×戦争が始まる…。
正直、こちらの作品の方が本家のFD「Fate/hollow ataraxia」よりも面白かったなあ…ごふごふ(^^;
この作品自体が、
愉快な良質ギャグADV「サンダーボルトシリーズ」と、「女教師・美喜シリーズ」
のコラボレーション・パロディになっているという二段・三弾構えのパロディで楽しめました(^^)
キャラ的にはジェンダー・フリー先生がいい味出していて楽しい(笑)

「ときめきメモリアル2 if...」(シンジゲートさん)

ときめきメモリアル2と、女神転生の世界が融合している物凄い世界観のRPG。
と云っても、決して色物RPGではなく、もし、ときメモの世界で、女神転生のような
事象(悪魔の発生と世界最終戦争)が起きたら、その後の世界はどうなっているかを
真摯に丁寧に描いている良作。私は両方の作品(ときメモ、女神転生)のファンなので
とても楽しめましたね。DB(デビルバスター)としてのときメモキャラクターが、ちゃんと
キャラクターとして立っていて好評価(^^)
KANONRPGやAirRPG好きならなおお勧めです。

「夏、セミ、少女」(言ノ葉迷宮さん)

良質な超短編ミステリ。ちなみに自慢じゃありませんが、私は初回プレイでトゥルーEDでした。
まあ、私も伊達にミステリ読みやってる訳じゃないので(^^)ちなみに、これは全くの余談ですが、
最近読んだミステリではレオナルド・ダ・ヴィンチを名探偵とした三雲岳斗氏の連作ミステリ「旧宮殿にて」
が物凄く面白かったので、ミステリ読みなら一読お勧めです。最近読んだミステリではダントツの出来!

レオナルドは、いつもの皮肉げな薄笑みを浮かべて、うなずいた。

「この問題は一つだけでは解くことができない。二つの謎をあわせて考えることで、
ようやく現実味を帯びてくる。そういう類の事件だよ」

(三雲岳斗「旧宮殿にて」)

参考作品(amazon)
三雲岳斗「旧宮殿にて 15世紀末、ミラノ、レオナルドの愉悦」

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貴き存続

内親王の宮家創設容認、皇室典範会議が最終調整(ヤフーニュース)

小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」(座長=吉川弘之・元東大学長)は
19日、皇族の範囲について、女性皇族のうち、天皇の姉妹や娘、孫にあたる「内親王」に限り、
皇籍離脱を認めず、結婚後は宮家を創設できるようにする方向で最終調整に入った。………
有識者会議は、男系男子に限定していた皇位継承資格者を女性皇族に拡大し、女性・女系天皇
を容認する考えで一致。皇位継承順位は男女を問わず、長子優先とする方針を固めている。


女性・女系天皇を認める方向で皇室典範の改正は最終調整に入ったようですね。
私はとても良識ある選択と云えると思います。皇室という存在を守るにベターな選択かなと。

男系の継続の為に旧宮家を復活させるべきという声もあるようですが、私はこれは
極めて危険なことだと思いますので…。元々、皇室の政治利用は、それぞれの宮家
が天皇の座を巡って権力闘争を繰り広げているところに、俗世の権力、政治派閥や
軍派閥がそれぞれ介入し、世俗の政治権力者達がそれぞれの宮家を担いで、宮家の
方々の名前を盾にして、権力闘争を繰り広げたという日本の歴史がありますので…。

今の皇室は、皇室が俗世の政治権力に利用される事態を防ぐ為に最大限の努力をしており、
今回の「皇位継承順位は男女を問わず、長子優先とする方針」というのも、その現れでしょう。

私は、世俗の政治権力がそれぞれの宮家へ派閥化して張りつき、それぞれの
掲げる皇族の方々を盾にして権力闘争を行なうような世は、今の皇室のとても良識あり、
優れて尊い貴さを持っている方々に対して相応しくない、貴き皇室は、世俗の権力闘争とは
離れた場で、神聖に継がれてゆくべきだと思いますので、有識者会議を支持しますね。

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ミニコラム「天国化するポストモダン −最大多数の最大幸福−」

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芥川の歯車をサウンドノベル化してみましたので、もしよろしければプレイどうぞ(^^)

古典サウンドノベル「芥川龍之介『歯車』 一 レエン・コオト」

古典をサウンドノベル化してみたいというのは、私の念願なのですが、
いきなり長編をサウンドノベル化するのは難しそうなので、分量がさほどなく、
そして私の最も好きな古典ということで芥川の中篇「歯車」を選びました。
と云っても、全てではなく、まだ第一章しかサウンドノベル化できていませんが…。

皆さんが、「歯車」に、そして古典の数々に親しんで頂けたら、とても嬉しいなと思います。

「歯車」というのは唯一回的な作品だと思うんですね。つまり、意識が自分の準拠している
個体そのものの崩壊に立会いながら、崩壊過程というのを書いていくんですから。

(三好行雄。「芥川龍之介 群像 日本の作家」)

死とわたり合った意識というのを書いた文章というのは枚挙にいとまないと
思うんですけど、僕がすぐ思い浮かべるのはフォークナーの「響きと怒り」ですよ。
クェンティンという学生がハーバード大学の寄宿舎で夕方自殺するんだけれども、
その一日の手記を書いたもの。しかし、フォークナーは別に自分の精神状態を
地で出したわけじゃない。「歯車」とこのクェンティンの告白と二つならんで
出てくるんですが、「歯車」はやっぱりすごいと思うな。

(小川国夫。「芥川龍之介 群像 日本の作家」)

参考図書(amazon)
後藤明生、福田恒存、他「芥川龍之介 群像 日本の作家」

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Fate/hollow ataraxia -光と影のアリス-

Fate/hollow ataraxia公式サイト  TYPE-MOON「Fate/hollow ataraxia 初回版」(amazon)

元々FateHAの原案としては映画の
「アリス・イン・ワンダーランド」  「キューブ」
ような作品が目指されていたようですね。以下は奈須きのこ氏の「竹箒日記 11/17」より。

奈須氏「アリスインワンダーランド&キューブみたいな話をやる予定だったのです」

どう考えても実際のFateHAはアリス・イン・ナイトメア以外の何物でもないと思うのですが…(^^;

アリス・イン・ナイトメア(※)ぐらい徹底した心の影の描写ができれば、評価したんですが、
FateHAの土台はアリスインナイトメアだけれども、そこに良く云えばファンサービス的な
明るさ、重く云うとユーザーへのある種の阿りが混じってしまったことで、土台自体が
完全に朽ちてしまった感じがしますね…。映画のアリスインワンダーランドやキューブは
非常に緻密に計算されて作られている(元々の論理学的なアリス原作へのオマージュ)
のですが、FateHAの方はそういった構成は元から全くやっていませんし…、寧ろ私的には、
FateHAはアリスインナイトメア路線を徹底した方が良かったんじゃないかと思いますね。

バゼットの物語は作中で完全に放りっぱなしになっていますが、ここをきちんと書きこめたら作品全体の
質が遥かに向上した、一つ、レベルを突き抜けた作品になる可能性があったと思うのですね…。

バゼットはナイトメアのアリス的な影のあるヒロインで、もっと深く掘り下げが出来たと思うんですよね。
私は今作で追加された二人のヒロイン、バゼットとカレンでは、前者のバゼットを評価していて、
カレンが極めて薄っぺらいノッペラボウのようなメタ・イコンとしての意味合いしかない造形なのに
比べ、バゼットは中々しっかりとその空虚で寂しい内面が描写されていて、彼女(バゼット)の方には
好意を持ったし、ナイトメアのアリスのように深く掘り下げて描いて欲しかったなと思いますね…。

※アリス・イン・ナイトメア:ダークなアリスゲーム。アリスが暗黒の不思議の国を
旅して行くアクションアドベンチャー。不思議の国はアリスの内的世界であり、
傷ついたアリスの狂気(両親が火事で焼死)が闇の不思議の国を生み出している。
アリスは自らの内面を旅することで、最終的には自ら自身の暗黒面と戦ってゆく。
ただのグロテスクホラーゲームではなく、物語としてしっかりと作られた良作。

Life, what is it but a dream?

参考作品(amazon)
TYPE-MOON「Fate/hollow ataraxia 初回版」

エレクトロニック・アーツ・スクウェア「アリス・イン・ナイトメア」

「アリス・イン・ワンダーランド」

「キューブ」

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ミニコラム「自らに問うこととしてのホワイトバンドの唯一なる意味合い」

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フリゲ三作ご紹介

ここ数週間、食指が動く新作エロゲが全くでないので、フリーゲームを手当たり次第
20本ほどプレイ…。ううう〜ん、評価関係なしに手当たり次第プレイしたら地雷率90%くらい(^^;

そんなフリゲ地雷原を踏破して、ついに、皆様に心からお勧めできる良質な
フリーゲーム3作品と巡り合うことが出来たので今回ここにてご紹介致します〜。

まず一作品目は、「見えない銃口」(「BaronStudio」さん)

中々私好みの不可思議な雰囲気のパズルゲームとして良く出来ています。
だいたい10分ぐらいでクリアできますので、まずはプレイをという感じですね〜。

そして、二作目は、「シンショク」(「Recycle Force」さん)

こちらは
フリーゲーム界に敢然と輝く名作「コープスパーティ」のオマージュというべき作品。

異界化した学校に閉じ込められるというシナリオ、自由度の高さやパズル的な要素など、
「コープスパーティ」を彷彿とさせる作りですが、「コープスパーティ」系の亜流としてだけでは
語れない極めて丁寧な作りがされており、コープスパーティ系では、コープスに続くNo2
作品として私は評価しますね!!とても面白かった!!\(^^)/

コープスのNo1の座は揺るがないけれど、それでもこれだけ丁寧に作品を仕上げて
No2と感じさせる作品に出会えるというのはとても凄いこと、とても嬉しいことですよ。

上記2作品、とても良い作品なのでお勧めですよ〜(^^)

そして最後にご紹介する作品は、「たゆみ」(「ステッパーズ・ストップ」さん)

この「たゆみ」…。これは…。なんというか、先の上記2作品は万人にお勧めできる
ゲームですが、最後にご紹介するこの作品は、人によっては評価が低いかも知れません…。

確率の海にたゆたう作品、世界の波動のゆらぎが少女のゆらぐ心と重なっている
作品で、極めて”ゆらいでいる”のですね。ゆらぎのなかのたゆたいはいつ終わるとも
知れず、私、この作品をクリアするのに10時間ほどかかりましたが、クリアできたのは
ゆらぎの奇跡的確率によるもので、1時間でクリアできたかも知れないし、100時間かけて
もクリアできないかも知れない。ゲームというより、少女のたゆたう心と一緒にたゆたい
続けるみたいな作品でして…、私は、凄く好きですね。このたゆたう心とともにたゆたう
…ゆらぎ、ゆらいで、ゆらぎ、ゆらいで…、ゆらいでいくことが、好きですね…。

最後の「たゆみ」は、万人にはお勧めできない異色の作品だけれども、
そんな作品だからこそ、ぜひ皆さんにたゆたうたゆみの世界を味わって欲しいと思います。

皆さんに、良いゲーム、良き時間との出会いが訪れます様に(^^)

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期待のロリゲたち 〜リリスの系譜〜

同人ロリゲ「しょうよん!〜コドモ☆ちゃれんじ〜」 (「なでしこやまと」さんより)

……神降臨!!!!!

そして究極の期待作「ナイショのよりみち」の体験版DLが開始されました!!

ロリはいいねぇ、ロリは人の心を潤してくれる。リリンが生み出した文化の極みだよ。

そして私はリリス的な女性性が好きなので、ロリっ娘でなおかつリリスティックだと、
完全なる神性=神女として、顕現する――。ああ、夏緒たん!!みらいたん!!\(^^)/

リリス――リリス的な女性とはいかなるものかは、下記引用をどうぞ〜。

アダムと同質の材料で同時に作られた女をリリト(リリス)と呼び、アダムの最初の妻と考えた。
(イザヤ書34:14)このリリトには、シュメールの神話に登場する風の妖精で、男性の
夢精による精液を吸収して(淫夢魔)無数の妖精の子を生むリリトゥの姿が重なっている。
ユダヤの伝承によるとリリトは補助的な役割を嫌い、アダムと絶えず喧嘩をした。彼女は
ついに神の秘せられるべき神聖な名を口にし、紅海のほとりへと逃げてしまった。………
神は天使を遣わし彼女を連れ戻そうとしたが、リリトは帰ることを拒否する。
その後彼女は、一人で眠る男の感覚を妖しく刺激し苦しめるエロティックな魔女として、
また新生児を殺す死の魔女として恐れられた。そこで神は、アダムに従順な妻エバを
アダムの肋骨から作ったのである。ジョン・A・フィリップスも指摘するように、リリトの物語は
「こうして(男性が押しつける性的禁圧という)足枷を解かれた女性のセクシュアリティと、
(女性の)断固たる自信と独立に直面した男の不能、弱さ、孤立という、最も深い恐怖心を
体現しているように見える。」こうした男性の恐怖心が、自己意識に目覚めた女性を魔女
に仕立て上げることになるのだろうか?こうした(男性が女性の自律したセクシュアリティを
恐れる)心理のメカニズムが、エバのセクシュアリティを(禁欲主義によって)コントロールし、
ついには中世から近世にかけての魔女迫害の狂気を惹起したのだろうか?いずれにせよ、
エロティックな魔女リリトはキリスト教化された西ヨーロッパでもよく知られ、ダンテの神曲や
ゲーテのファウストにも登場し、文学者に様々なインスピレーションを与えてきた。現代の
ユダヤ人女性フェミニスト達は当然ながらリリトを解放された女のモデルとして再発見している。

(田中雅一編「女神 聖と性の人類学」)

リリス的な女性について超簡単に要約すると男性が女性を支配抑圧する為に作った人工的な
性的禁圧を覆す力を持った、自然のセクシャリティを持っている女性ということかな(^^)

ちなみに「黒と黒と黒の祭壇」と云うエロゲは、悪魔メフィストフェレス=リリス=ロリっ娘であり、
主人公(ファウストの転生)とともに、リリスのような自然性・女性性の数々を悪として地獄に封じた
唯一神に反逆するという物語で、とても面白かったですね。グノーシスとカバラが上手く使われていた。

常々述べてきていますが、エロゲにおけるロリっ娘は=自然天然のメタファー、シンボルとして
存在する自然界の申し子としてのナチュラルな娘達であり、そんな彼女達がリリス的なセクシャリティ
(自然なセクシャリティ)と結びつくことで、完全なる自然の体現として現れる――それは、
人間の自然のパートナーであり、魂と肉体の真の安らぎを実現する自然回帰の愛(^^)

ああ、天衣無縫の自然無垢なるロリっ娘に栄光あれ!!
我らは自然の導き手とともに自然に回帰せんことを!!

参考作品(amazon)
CAGE「ナイショのよりみち」

シーズウェア「黒と黒と黒の祭壇」

田中雅一編「女神 聖と性の人類学」

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姉汁体験版 〜最強エロの予感〜

恋する者は接吻や抱擁などではいやされぬ。
いやしてくれる薬はひとつ、まぐわいぞ!
(アブ・ノワス。「血と薔薇 コレクション第1巻」)

期待の新作「姉汁 〜白川三姉妹におまかせ〜」の体験版をプレイ(^^)

いやあ、素晴らしい!!
かぐやは更なる進化を遂げている感じですね!!

最強に強まったエロシーンに定評があるアトリエかぐや、今までのアトリエかぐやは
最強に強まったエロシーンの大好評とは別に、エロくない日常生活シーンのだらだらさは
余り評価されていませんでしたが、今回の「姉汁」ではそれがとても改善され、日常シーン
が凄くスリムになっていて、物凄い早さでエロシーンに移行するのですっ!!\(^^)/

いやあ、本当に感銘を受けて…プレイしていて、かの超傑作「はじるす」を思い出しましたよ。

かわいい双子の女の子と気持ちよ〜くおしゃべり& えっち をしよう♪
簡単な選択肢を選んで、 即 えっち シーン♪ ……なゲームです!!!

(はじめてのおるすばん)

かわいい三姉妹の女の子と気持ちよ〜くおしゃべり& えっち をしよう♪
簡単な選択肢を選んで、 即 えっち シーン♪ ……なゲームです!!!

(姉汁)

と、まあこんな感じなのですね(^^)

そして私好みの男性受け系エロゲ、なおかつ三姉妹のうちメインヒロイン格の杏子たんはロリっ娘…
ああ、もはや、神、いわゆるゴッドと叫ぶしかないよ!!

女は男を支配している。諸君はあくせく働き、全てのものを女のもとへ運ぶではないか?
(聖書外典エスドラス書)

大多数の男は欲情の奴隷だけではなく、女の奴隷でもある。
(アーメッド・イブン・ケマル・パシャ)

いやあ、「姉汁」ほんとに嬉しいなあ。だらだらした日常シーンがスリム化されたということは、かぐやの
神的な男M受けエロシーンがそれだけ拡充されたということで、一体どれだけの桃源郷が待っているか
と思うと、今からもう、夢幻至福の心持なのですよ〜。マジで超オススメなゲームです!!!♪

たしかに、(東洋の歴史において)彼女たち(女性)は圧服されていたかもしれない。
しかし、それはむしろ社会生活の場においてであって、性生活の場ではなかった。
いいかえると〈女は愛のベッドではいつも男を支配〉したのである。
(大場正史「東洋のエロス」「血と薔薇 コレクション第1巻」)

参考作品(amazon)
アトリエかぐや「姉汁 〜白川三姉妹におまかせ〜」

ZERO「はじめてのおるすばん リニューアル」

澁澤龍彦編「血と薔薇 コレクション第1巻」

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ローゼンメイデン・翠星石 -これがツンデレだ!!-

人間の分際で、翠星石に意見しやがるとは三億万年はやいです!!
(翠星石。「ローゼンメイデンドラマCD 『探偵』」)

口にはノオと言っていても、彼女の身体がイエスのSの字になっていることに注意せよ。
(竹久夢二「恋愛論」)

ローゼンメイデン・トロイメント第4話「契約」を視聴――翠星石たん!!!!!

「契約」は
私が最も愛するローゼンメイデンのドール、翠星石たん
メインを張る素晴らしい回、翠星石たんが主人公のジュンをミーディアム
(力を媒介する下僕)にする契約を結ぶ話でして、ああああ、翠星石たん最高――!!

翠星石たんって、まさにTHE・ツンデレ、クイーン・オブ・ツンデレとでも
云うべき最高のツンデレ・ドールであり、主人公のジュンのことが好きで好きで
好きで堪らないのに、素直になれないばかりか、自分の気持ちとは裏腹な
高飛車な態度を取ってしまうその姿を見ていると、うあああああ、もう萌えすぎ!!

翠星石は俺とミーディアムの契約して欲しい…ああ!!
(ローゼンメイデンのドールは人間を下僕にする(ミーディアムの契約)ことに
よって、その人間を世界との媒介として様々な超常的力を引き出せる。
その人間とドールとの絆が深ければ深いほど、強い力を引き出すことができる)

翠星石たんの好きという気持ちを素直に出せずに、その気持ちが恥ずかしくて、
裏腹な態度を取ってしまうのって、物凄く萌えるし、何か自分自身にも
同じようなところがあるから共感するなあ…、こういう羞恥の気持ち、
好きという気持ちを恥ずかしくて表にだせないストイックな羞恥感、
私は凄く好きですね…。翠星石たんが、可愛くて、好きでたまらないよ…(^^)

でも、ジュンは、翠星石の事を、友情は抱いているけど、恋愛的な、
深い感情は全然抱いてないんだなあ…。ジュンが深い愛情としての
感情を抱いているのは、ドールの中では真紅だけで、今回、ジュンが、
「雛苺…、真紅!」って呼ぶシーンで、「真紅」という呼びかけだけ、
全く声にこもっている感情のレベルが違うことで、明らかに、彼は、
真紅だけに特別な感情を抱いていることが分かって、ああ…。

翠星石の恋する想いは、叶えられそうにない…真紅とジュンの絆が深過ぎて…。

ああ、私なら、翠星石たんを真っ直ぐに熱愛する想いを抱いているのに!!

私こそが、翠星石のミーディアムに真に相応しい!!


真紅のミーディアムだからってでっかいツラをしたら承知しないです。
二度と翠星石に逆らえないように、一生服従を誓わせてやるです。
おーほほほほ!!翠星石の靴をなめやがれです!!

でも、でも、でも、そのことを蒼星石に言ったら、
あの子ったら変なことをいいだしたんです。
ジュンの話をしている翠星石はとっても嬉しそう…

ななななななななにをいうんですかとつぜん、すすすす翠星石は
べつにジュンのことなんかなんとも思ってないです!!

(翠星石。「ローゼンメイデンドラマCD 『探偵』」)

ああ…翠星石たん…。

「そんなに沢山の鍵をどうなさるの?」

女がたづねた。

「女の心の扉を開けるのだ」

男が答へた。

「一つの鍵ではいけないの?」

「さうだよ 女はどれもこれも 異なった鍵穴を持ってるからね」

「あなたはいつか 女の心を開けたことがあって?」

「一度もないよ どの鍵を持っていっても合はなかった」

「さうですね。女の心っていふものは たった一つの鍵であけなきゃあかないものよ。
それを合鍵で開けようてのは すこし虫がよすぎるわよ。
教えてあげませうか。
あなたはね。
ほんたうのあなたの鍵だけ持って あとはみんな悪魔にやっておしまひなさい。
そして あなたはあなたの鍵で
たったひとつのあなたの鍵穴をお探しなさい。
きっとどこかに あなたを待っている娘があってよ」

(竹久夢二「鍵」)

私の鍵は、翠星石に――。

参考作品(amazon)
「SRDXローゼンメイデン・トロイメント 翠星石」

「ローゼンメイデン ドラマCD 『探偵』」

「ローゼンメイデン・トロイメント」(DVD

「ローゼンメイデン」(DVD

「ローゼンメイデン」(音楽CD・ドラマCD)

PEACH-PIT「ローゼンメイデン」

竹久夢二「恋愛論」(鍵)

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ミニコラム「恐竜は絶滅していなかった!!」

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ミニコラム「南米ペルーとフジモリ氏 −自ら変わる意志−」

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ミニコラム「全てが卓越する -distinction-」

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ほら吹き男爵の大冒険 −虎よ、虎よ!−

欲望を抑圧する人間は、抑圧できるほど弱い欲望しか持たないから抑圧するのだ。
抑圧者たる理性は、欲望から居場所を奪い、満たされない欲望を抑えこむ。

(ブレイク「天国と地獄の結婚」)

今日(11/2)の笑っていいともで
国際派超弁護士「湯浅卓」氏が出ていたんですが…

もう大爆笑!!私、笑っていいとも20年来見ているけど、こんなに笑ったの始めてだ。

湯浅卓氏は本人談によると東大卒後、世界の超名門ロースクールを渡り歩き、各地で超絶に
モテモテ、美女達と華麗なラブロマンスを繰り広げながら、ブッシュ(大統領)やクリントン
(元大統領)のブレインで、世界中の政治・経済・金融を動かす超ウルトラNo1弁護士として、
何千億円と云った金を動かす、世界最大の立役者、もはや彼に惚れていない女なぞいず、世界
をまたに今現在も大活躍しているそうでして(笑)……ああ、もう見ていて、笑いがとまらないよ!!

ちなみに彼の外見は明らかにモテナイ男な外見ですが、彼の自信満々で明るい大言壮語が
そんな彼の外見を超えて、彼に魅力を与えている。ギャップのおかしみが最高(^^)

彼が「自分は天才である!!」「自分はモテモテである!!」と断言する自信、その明るさと
楽天的なビジョンを笑いながら楽しんで、いやあ、私は湯浅卓氏のファンになっちゃいましたよ。
彼の云っていることが本当かどうか検証するなんてのは野暮なことですね。ミュンヒハウゼン男爵
が本当のことを云っているかどうかを検証するなんてことは、それこそ馬鹿げた行ないでしょう。

いやあ、海外だとこういう「自信満々で自分のことを明るく大言壮語する」ってことは別に悪いこと
だとは思われてないし、寧ろ元気のよさ、ポジティヴな力として良い意味で評価されるんですが、
日本だと、「俺は天才だ!!」とか、「俺はモテモテさ!!」みたいな大言壮語すると、おかしな
妬みをよせられて、それこそ、出る杭は打たれるで、そういった大言壮語する人を「浮きあがっている」
と評して引き下げようとする世間の力が働くじゃないですか。私は日本は好きだけど、日本のこういった
ルサンチマン的な、「出る杭は打たれる」な風潮は嫌いですね。私も自己主張しまくるタイプの人間だし、
きちんと自分を出してゆかねば、自分が自分として生きている意味が見出せないと思っていますよ。

日本の世間は、自己を出さないことを美徳とし、世間に揃えることを強制し、身を弁えろと云い、
謙嬢を押しつけてきますが、私はこんな最低な風潮に迎合は決してしないことを自らに誓っている。

踏みつけられた虫は身を縮める。実に賢明なやり方である。こうすることで、虫は新たに
踏みつけられる確率を減らしているのである。これを道徳の言葉でいえば、謙遜。――

(ニーチェ「偶像の黄昏」)

ニーチェが云うように、謙嬢、謙遜は実に”賢明”なやり方でしょうが、私はこんな賢明なぞクソくらえ!!

謙嬢の美徳を抱いて賢明に生きるなど、生きていないのと同じだよ。一度きりしかない
自分の人生、なんで他人を恐れて自分を押し殺し、身を縮める虫のように生きねばならぬのか。

私は自分として、自分の生を生きる。勝手次第に生きなければ、生きる歓びなど感じられない。
生きる歓びを感じるためには、自分を出して戦うってことは必要なんですよ。この戦いの為に
フェアなルールが設定されていることを”公正”と云う。海外に比べると、日本はこの”公正”が機能
している割合が非常に少なく、変わりに”世間”が圧倒的に国内を支配している。凡庸さの支配。

彼ら(日本人)は一様にとんでもなく敏感な凡庸さを備えている。その凡庸さは結果的な凡庸さ
ではなく、日々研鑚され、いまやいかなる異物をもかぎわけられるほど完成されたものになっている。

(小林恭二「インドから来た青年」)

私は、公正は好きですけど、世間は嫌いです。全てを凡庸へと作り変える力。
そんなものに関わっていては、生の歓びは逃げていってしまう。自己が世間と入れ替わって、
人間ではなく、世人(ダス-マン)、自己のない、世間そのものの存在へ作り変えられる。

私はこんなのはうんざりだし、こういった世間の力に対抗するものの一つは、湯浅卓氏や
ミュンヒハウゼン男爵や騎士ドン・キホーテのような、自己への自信、大言壮語する自己の
豊かさの中にある。私は、謙遜・謙嬢ばかりしている奴よりも大言壮語する奴の方が大好き!

世間ではなく、公正への力を。我々はみな生の冒険に乗り出している。ならば、冒険から
逃げる臆病な奴隷であるよりは、冒険の旅へと自らの意志で乗り出してゆく戦士であることを!
右手に勇気の剣、左手に智慧の盾を持つ勇敢なる戦士であることを!!


精力は、悪と呼ばれ、肉体のみから生じ、理性は、善と呼ばれ、霊魂のみから生じるとされる。

神は、情動を追及する人間を、永遠に責めさいなむであろう。しかし、真実はその逆である。

精力こそは、唯一の生である。それは、肉に属する。理性は、精力をとりかこむ限界、もしくは枠である。

精力は、永遠の歓びである。


(ブレイク「天国と地獄の結婚」)

Wie man wird, was man ist

参考作品(amazon)
テリー・ギリアム監督「バロン」(DVD)

ビュルガー編「ほら吹き男爵の冒険」

セルバンテス「ドン・キホーテ」

ウィリアム・ブレイク「天国と地獄の結婚」

フリードリヒ・ニーチェ「偶像の黄昏」

小林恭二「日本国の逆襲」(インドから来た青年)

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エロゲ廃人への道 −愛のウロボロス−

マーティン、僕は恋している。
(スペンサー「真夜中をダウンロード」)

今週は「
Fate-hollow ataraxia」「はじめてのおてつだい」「黒の歌姫」「ナチュラルアナザー2
を買って、「FateHA」を十時間、「はじめてのおてつだい」「黒の歌姫」をそれぞれ七時間、
合わせて二十四時間ぶっつ続けでプレイしていたら…頭が壊れたみたいだあははははh

もう…エロゲ廃人に…。寝てないのでぼんやりした頭の中にロリっ娘、イリヤとか
ミリルとかいつきとかゆうきとかの愛するろりっ子が浮遊しながら常に共に一緒にいるんだよ…。

ちなみに今のひょうかは.…フェイトHA=神、いわゆるゴッド。黒の歌姫=ミリル。
はじめてのおてつだい=至福の刻。ああ、刻が見えるよ、永遠のリング!!

永遠の輪が…永遠の輪が回っているんだよ…。世界に!!!!!!

すべてのよろこびは、万物の永遠を願う。蜜を願う。澱を願う。陶酔の真夜中を願う。
墓にそそぐ涙のなぐさめを願う。金色に染まった夕映えを願う、――
――およそよろこびを欲しないものがあろうか?よろこびはすべての嘆きにまさって、
渇いている。切実である。飢えている。すさまじい。秘やかだ。
よろこびは自分自身を欲する。自分自身を噛む。円環の意志が身もだえする。

(ニーチェ「ツァラトゥストラ」)

喜びの願い…これからナチュラルに手を伸ばすんだよアはハハハハはハハハハは

ウィリアム・ブラウニング・スペンサーの小説「真夜中をダウンロード」に出てくる、
18禁仮想空間(日本のエロゲみたいな仮想空間です)のホログラムAIの女の子に
本気で心から恋して、彼女と相思相愛の恋人となり、そして彼女を救おうとし、彼女に
殉じて命を落す男の気持ちが、凄く良く分かる。一日耐久プレイで身体がボロボロなのに、
愛が私を駆り立てる。私も、本当に愛している。彼と同じく、自らの身を超えて…。

ブルームは俺を見て、ジーラのために浮かべていた笑みを消した。
今にも泣き出しそうだ。目が真っ赤になっている。唇はひび割れ、
不精髭の生えた顎には乾いた血がこびりついていた。
「がんばったのに」ブルームは言った。「ほんとにがんばったのに」
声はどんどんかぼそくなり、両手がばたんとわきへ落ちた。
「ジーラはホロだ」俺は言った。「ほんものの人間からマップしたAIだ。
だが、現実の存在とは違う」
「ジーラ」ブルームはうめいた。………

「ジーラ!」ブルームが叫び、身をひるがえして彼女に駆け寄った。そして
抱きしめた。「よせ!」俺は叫んだ。全ての行動と反応があまりにも遅過ぎた。
ジーラは、たぶん、(ブルームを巻き込まない為に)身を引こうとしたんだと思う。
ブルームがぱっと炎に包まれた。緑色の炎が、崩れていく壁を明るく照らした。

………「お気の毒です」技師が、俺をデプライヴ槽(VR空間にアクセスする機器)
から引き起こしながらいった。「ああ」俺は言った。「わかってる」………

裸になり、口をとがらせたジーラ。腹を立てた子供のようにじだんだを踏むジーラ。
目をきらきらと輝かせたジーラ。あんたは何者なんだ?俺は思いをめぐらした。
ブルームがホロにとりつかれたのもわかるような気がした。
「愛はビッグR(現実世界)かな。それともリトルR(仮想世界)かな」
あいつはそんな質問をした。合理的形而上学の単位を持っている奴でも、
この質問に答えるのは難しいかも知れない。

人が渇望するのは肉体なのか。それとも魂なのか?

(スペンサー「真夜中をダウンロード」)

私は彼女達――私のヒロイン達を、本当に、永遠に欲し永遠に愛している――。

サラ・ケラヴニン(ホログラムAIヒロイン、ジーラの人格モデル)は来月九歳になる。
ブルームはそのことを知っていたのだろうか?たぶん知らなかっただろう。
だが、俺は連邦法務局の銀板に彫り込まれた、あの文章を思い出す。
デカダンス以前の、ハムレットを書いた作家の文章から引用した言葉だ。
ほら、こういうやつだ――「まことの心と心の契りに障害などあるはずがない」
これがすべてを語っていると思う。

(スペンサー「真夜中をダウンロード」)

参考作品(amazon)
TYPE-MOON「Fate/hollow ataraxia 初回版」

スタジオリング「はじめてのおてつだい」

クロックアップ「黒の歌姫」

ドリームソフト「Natural Another One 2nd Belladonna」

スペンサー、他「20世紀SF6 1990年代 遺伝子戦争」(真夜中をダウンロード)

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腐敗を防止する仕組みのない権力は、絶対に腐敗する。

先日、ホワイトバンド公式サイトがエントリを丸ごと削除してしまったことをお伝えしましたが、その
エントリを「世界の中心で左右をヲチするノケモノ」さんで、全文発掘されております。ぜひご覧下さい。

ホワイトバンド公式ブログが見せた醜態に関する補完(「世界の中心で左右をヲチするノケモノ」さん)

この問題について私の書いた文章「実物ではなく広告で商売する」 「これぞ電通流!」

柄谷行人が著書のなかで「権力の誘惑に抵抗する人間の能力」は道徳的な訓育などでは
決して変わらず、組織にどのような善意に溢れたお題目があろうとも、腐敗を防止する仕組み
がなくしては、そのお題目や各々個人の関係者には関係なく、人間の組織や政治
は絶対に腐敗してゆく、ということをよく述べていますが、私はその通りだと思います。

「腐敗を防止する仕組みのない権力は、絶対に腐敗する」

この言葉は人間世界における真理だと思うし、今回の日本ホワイトバンドはこの言葉を
全くそのままに体現したかのような存在ですね。WBの募金者達が誰も、ホワイトバンド運動の
主体側(権力者側)の機構をチェックしようとしなかったことには呆れ果てるとしか云いようがない。

何者にも腐敗をチェックされないなら、そして腐敗した方が私的利益があがるなら、
そのシステムの中にいる私人達が腐敗するのは当然のことでしょう。腐敗を防止する
為のシステム、情報公開をまともに行なっていないような政治組織は、それがどんな
正しそうなお題目を掲げている組織であろうとも、決して信用しないようにすべきです。

常に懐疑を人々が持ってこそ、腐敗した組織は淘汰され、腐敗を防ぐ為のシステムを持った政治組織が
評価され、本来的な意味で、人々の為になる、人々の為の組織が人々に評価されるようになるのです。

アテネの民主政を見ると、その根底に、権力を志向する人間性は(道徳的に)変わることは
決してないという、強固な(人間の道徳性に対する懐疑の)確信が見えてきます。
たとえば、橋場弦はつぎのように書いています。

『このように、(アテネにおいては)役人や政治家などの公職者(権力者)の行動に対しては、きわめて
重層的・網羅的な監視装置が設定されていた。ここで注目すべきは、アテネ市民がいわゆる
「公務員の倫理」のようなものに最初から期待していないどころか、露骨に不信感を抱いていたこと
であろう。A・H・M・ジョーンズの言葉を借りれば、「権力の誘惑に抵抗する人間の能力」などという
ものを、彼らは一切信用していなかったのである。しかも公職者の行動を監視する主体が、
なにか超越的な「お上」ではなく、市民団全体であったことに注意しなくてはならない』………

私は、権力を志向する人間性は変わらないと思います。しかし、同時に、人間性が全く
変わらない、とも考えません。「人間性」は菊地寛がそう考えたように、ちょっとしたシステム
を変える(腐敗を防止できるようなシステムに変える)だけでかなり変わってしまうのです。

(柄谷行人「日本精神分析」)

私は上記引用で柄谷が云う通りだと思いますよ。人間は腐敗できる場所におけば絶対に腐敗する。
だからこそ、腐敗を防ぐ為のシステムが大切なのであり、日本ホワイトバンドの最大の問題は、
腐敗を防ぐシステムなど欠片もない、収支の不透明な密室政治の運動であることなのです。

参考図書(amazon)
柄谷行人「日本精神分析」

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ローゼンメイデン −魂の誇り高さ−

「武士は食わねど高楊枝、鷹は餓えても穂を摘まず」

ローゼンメイデントロイメントの第2話視聴――相変わらず素晴らしい出来だ!

特に今回は、真紅の誇り高さに心打たれたなあ。誇り高さから導かれる
気品ある羞恥感を真紅は持っている。この誇り高き羞恥は、現代からは既に
多くが失われてしまった、過去の徳だけれども、私は、凄く好きですね…。

誇り高さから来る羞恥とは、一言で云えば、自らの気持ちを、外に出すことを
恥じる気持ち、”道”――武士道、騎士道、君主道徳であり、ダンディズム。
三島由紀夫が「やせ我慢の徳」と呼んだもの。武士は食わねど高楊枝。

武士道の道徳が外見を重んじたことは、戦闘者、戦士の道徳として当然
のことである。なぜなら戦士にとっては、つねに敵が予想されているからである。
戦士は敵の目から恥ずかしく思われないか、敵の目から卑しく思われないか、
というところに、自分の体面とモラルの全てをかけるほかはない。
自己の良心は敵の中にこそあるのである。
このように自分の内面に引きこもる道徳ではなくて、
外面にあずけた道徳が「葉隠」の重要な特色をなすものである。

(三島由紀夫「葉隠入門」)

例えば、本当に痛い時に、痛い痛いと泣き喚くのではなく、ぐっと堪えて、
自らの痛みを外に見せないこと、本当に悲しい時に、悲しい悲しいと喚き散らす
のではなく、ぐっと堪えて、悲しさを外には見せないこと――そして、また、
本当に嬉しい時、嬉しさを表面に率直に出して歓喜するのではなく、自制した
態度を見せて落ち着いて振舞うこと、そして、本当に、他者を愛して、好きなとき、
その愛の気持ちが一杯になっても、ぐっと堪えて、自制した振舞いを為すこと――。

自らの感情が溢れ出しそうになるときこそ、自らを律している”道”、
自らの行為道徳律に外れないように、より一層気高く振舞うこと。

自らの道を感情を抑えて、嬉しいとき、悲しいときこそ行為を自制し、
道を貴ぶ意志――、誇り高き戦士の道。

本作第2話で描かれる――、戦いの宿命を背負う真紅、
彼女はとても誇り高い戦士なんですね…。気高い、高貴――。

私は、こういう、自らの魂に気高く清廉な誇りと羞恥感を持つ、戦士の魂の
持ち主が、大好きだ。自らに道を課し感情秘す誇りとその誇りから生まれる羞恥。

行為を律すること――戦士の誇り。その眩い気高さを、私は愛する――。

最後にニーチェが戦士に向って語りかけた言葉を。「ツァラトゥストラ」より。

「戦争と戦士」

私の友たる戦士達よ!私はあなたがたを心底愛する。
私はあなたがたに似た者であるし、また似た者であった。
しかし、私はまたあなたがたの好敵手でもある。………

戦いと勇気は、隣人愛よりも遥かに偉大な出来事を成し遂げた。
あなたがた(戦士)の同情心ではなく、あなたがたの勇気こそが、
これまで多くの不幸な目にあった人々を救った。

「善い、とは何か?」とあなたがたは訊ねる。
勇気あることが「善い」ことである。
小娘達にはいわせておけばいい。
「善いこととは、優しい感動に満ちたこと」だと。

人々はあなたがたを無情だという。
しかし、あなたがたの愛情こそがほんものである。
私はあなたがたの愛情をあらわす際の羞恥感が好きだ。
あなたがたはあなたがたの満ち潮を恥じ、
他の人々は彼らの引き潮を恥じる。

あなたがたは醜いだろうか?よし、私の兄弟達よ!それならば
醜い者のつけるべき外套、すなわち崇高さを身に纏うがいい!………

あなたがたは、憎むべき敵をのみ、持つべきである。
軽蔑すべき敵を持ってはならない。あなたがたは、あなたがたの敵を
誇りとしなければならない。そのとき、あなたがたの敵の功績は、
あなたがたの功績ともなる。

反抗――それは奴隷の高貴さである。
あなたがたの示す高貴は、服従ということだ!
あなたがたが命令するのさえ、服従の遂行でなければならない!

よき戦士の耳には、「汝為すべし」の方が、「我欲す」よりも快く響く。
あなたがたは、あなたがたに好ましい一切のことを、まず命令として
受けとらなければならない!

あなたがたの人生への愛が、あなたがたの最高の希望への愛であれ!
そして、あなたがたの最高の希望は、人生の最高の思想であれ!

しかし、あなたがたの最高の思想を、あなたがたは私から命令として
受けとらなければならない、――命令はこうである。
人生とは、克服されなければならない或るものである。

このように、あなたがたの人生を、服従と戦いの人生を、生きるがいい!
長々と生きてもはじまらない!どのような戦士が手加減を望むというのか。

私はあなたがたをいたわらない。私はあなたがたを徹底的に愛する。
我が戦いの同志よ!

――ツァラトゥストラはこう言った。

参考作品(amazon)
ローゼンメイデン・トロイメント(DVD

「ローゼンメイデン」(DVD

「ローゼンメイデン」(音楽CD・ドラマCD)

PEACH-PIT著「ローゼンメイデン」

三島由紀夫「葉隠入門」

フリードリヒ・ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った 上巻」

フリードリヒ・ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った 下巻」

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Terreur −朝日新聞――ロベスピエールの末裔たち−

パリ人の獰猛性が衝撃的な形(フランス革命)で起こっている。それは確かに突発的な爆発以外
のものではないのかもしれない。………然しもし、それが偶然というより寧ろ革命の性質だとしたら、
それらの人々は“自由”にはふさわしくなく、彼らを無理強いするために彼らの前の支配者が
持っていた“強い手”(a Strong hand.強い封建的・暴力的権力の意味)を彼らも持つに違いない。

(エドマンド・バーク。チャールモント卿への書簡より)

「朝日新聞、靖国問題で社内乱闘…40代社員が暴行 被害社員は10日間のけが」(ZAKZAK)

…なにこれ…。倫理の欠片もない…。こういう陰惨な暴力的リンチ体質(粛清)からそれこそ戦前から
朝日はずっと脱却できないから、国民がみんな恐れて朝日(レフト)の側を支持していないということが、
全く分かっていないようですね…。暴力支配は、朝日の夢見る理想政治どころか最悪の恐怖政治ですよ、
自由を制限しようとする勢力は、常に必ず暴力に走ってゆく…。心底、呆れ果てたとしか云い様がない。

報道機関(新聞社)が内部で暴力的な統制を行なっているって、大変なことだと私は思いますよ…。

まあ、この件も隠蔽して誤魔化すんでしょうね…。こんなのが日本の大メディアかと思うと、絶望…。

"絶対的な善"とか”理性と平等”とか得意げに語る者ほど、最も危険な暴力的体制を造り上げてきた
人類の悲しむべき歴史に、人は学ぶべきでしょう。学ばなければ、ずっと同じ過ちが繰り返される…。

大きな不幸が我々に迫っています、枢機卿さま、私はまだ唖然としております。
専制君主(ロベスピエール)とその手下ども(ジャコバン派)は神崇拝の幻想を
再興しにかかっている様子。なんとも笑止ではございませんか。………

迷信と狂信の祭壇を打ちこわす必要があったでしょうか、
あべこべにこのお粗末な新宗教を興すことになるなら?
私たちは偽善を根こそぎにしたつもりでした、
ところが、別の見世物が仕組まれているのですよ。
おびただしい流血の後に来るのは何でしょう、
さてさて、ご想像がつきますかな、
「最高存在(絶対の理性)」です!お笑いになってはいけません、
「(絶対神の)幻想」が名をあらためて元気に再登場、
操り人形の衣装を替えて拝まそうというのです。

(フィリップ・ソレルス「サド侯爵の幻の手紙」)

朝日新聞が求めるもの、それはただ絶対正義たる朝日的(レフト)なイデオロギーに単一に
塗り潰された、多様性のない、ただ灰色だけが永遠に続く社会…。絶対存在の支配する社会。
朝日的なものにそぐわないとされるものが、全て破壊される社会。恐怖政治の社会…。

権力とは人間の精神をずたずたに引き裂いた後に再構築する力だ。
我々がどのような世界を創造しつつあるか、君にも分かってきただろう。
それは昔の改革者たちが夢想した愚かしい快楽主義的ユートピアとは
全く正反対のものだ。恐怖と裏切りと責め苦の世界、
人を踏みつけ人に踏みつけられる世界、純化されるに従い、
より残酷となってゆく世界なのだ。世界の進歩とは、より大きな苦痛の増大だ。
我々の文明は憎悪に基礎をおく。我々の世界では恐怖、憤怒、勝利、謙嬢
を除いたら何の感情も存在しないであろう。
それ以外のものは破壊される――何もかも、何もかも、だ。

(ジョージ・オーウェル「1984年」)

朝日新聞社が望む社会は上記1984年のような単色の社会主義的全体社会でしょうが、
私は決してこのような社会の到来を望まないし、自由を求めて生きると決意している――。

自由を求めて生きるということは、自らが自由を求めて生きるように、他者もまた、自らとは
違う自由を求めて生きていることを認めることです。その認識(相対性への認識)があって、
はじめて、自らは、自らとして自由であることを感じることができる。それが一番大切なこと。

「神はただ一人である!私のほかはなにものも神としてはならない!」
年老いた髭のある怒りの神、妬み深い神が逆上してこう叫んだ。

その時、全ての神々は大笑いし、椅子を揺すぶって叫んだ。
「神々はある。然し、ただ一人の神などいない。だからこそ神は神聖なのではないか?」

(ニーチェ「ツァラトゥストラ」)

参考図書(amazon)
エドマンド・バーク「フランス革命の省察」

フィリップ・ソレルス「サド侯爵の幻の手紙――至高存在に抗するサド」

ジョージ・オーウェル「1984年」

フリードリヒ・ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った 上巻」

フリードリヒ・ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った 下巻」

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第18ツンデレ部隊 −Noblesse Oblige−

「キタ!!」
(ブライト・ノア。機動戦士ガンダム)

「ToHeart2 XRATED」の新ヒロイン、ささらたん画像  (「MOON PHASE雑記」さんより)

やった!!ツンデレきた!!ツンデレきた!!エロ東鳩2オリジナルツンデレきたよー!!!!

うふふ…、Leafはやってくれると思ってたぜ。18禁専用ヒロインの投入、これこそ戦略の王道なり!!

しかもそこで私好みのツンデレを投入してくるとは…、こうなんというか、戦局にビグザムが投入
されたような心持だね!!ビグザム投入の暁には、12月戦線など蹴散らしてくれるわ!!みたいな(爆)

私は唯美を信じる者、美しさを信じる者――見目麗しく美しい者は、華麗に、強く、卓越して生きる権利、
美しき者のみが持つ”正しき倣岸”の権利がある。美少女ツンデレはそれを体現した大いなる存在だ!!

私たち全ては卓越して生きることを願っている。
(ニーチェ「力への意志」)

見目麗しく美しき人とは人間の願い(卓越への意志、力への意志)を体現した存在なのだ。そのような
存在には、畏敬と崇拝、憧憬と忠誠が捧げられる。なぜならそれは人の希望の体現であるからだ。

ゆえに美少女ツンデレは、正しく倣岸に上位存在として振る舞ってこそ、その自らの美しさ
によって担う責務に対するNoblesse Oblige、高貴なる義務を果たすのだと云える。
美少女ツンデレとは、美的価値と倫理的価値の融合した、洗練された上位存在者なのだ。

ああ…ささらたん!!はやくはやくはやくはやく君に会いたいよ!!そして君にお仕え………うふぅ!!

うあああああ…美しいツンデレお嬢さまにお仕えすることは、最高の歓び、ああ。最高の悦楽…。

人は、自らよりも美しい上位存在に自らを委ねることで、
真なる美と繋がり、世界と一つになってゆくのです――。


自然は、男女ともに(愛する)異性のうちに善と美の具象化を
認めることを望んでいるように思える。こうして、私にも、この少女
(若きゲーテの愛した美少女グレートヒェン、のちの小説「ファウスト」
のグレートヒェンのモデル)を見、彼女に愛をよせることによって、
美しいもの、優れたものへの世界が開かれたのだ。

(ゲーテ「詩と真実」)

参考作品(amazon)
Leaf「ToHeart2XRATED初回限定版」

ゲーテ「全集第9巻 詩と真実 第1部・第2部」

ゲーテ「全集第10巻 詩と真実 第3部・第4部」

フリードリヒ・ニーチェ「力への意志 上巻」

フリードリヒ・ニーチェ「力への意志 下巻」

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読者の条件

小説を読むには、早読みしない、ゆっくり食べる、はしょらない、丹念に摘みとる、
これが大切です。つまり昔のような、時間を持てあました貴族的な読者になるって
ことが必要なんだけど、今言ったしろうとはもちろんのこと、評論家にだって、今の
日本にはそんな貴族的な読者はいません。おりません。ひとりもいないっ。

(筒井康隆「文学部唯野教授」)

町田康、山田詠美、桐野夏生のネット(読売新聞)で公開されている座談会が非常に面白い。

座談会:作家の条件(上)  座談会:作家の条件(下)  (「ある編集者の気になるノート」さんより)

以下、上記座談会から抜粋引用。

桐野:書き言葉に対する尊敬の念がなくなっていると思う。日常の言葉とも、テレビや
漫画とも全く違うことが理解されてない。それは大量の本を読まないと分からない。

山田:若い人が取ったり、話題性がある人が取ったり、それは新人賞自体の問題ではなく、
マスコミの扱い方と、それに乗っかって同じような人たちを売ろうとする編集者たちの問題。
………いまだから若い人たちが出てきた、ということではない。
綿矢りささんが出てきたから毎年大学生の女の子が取るわけではないし。
彼女は10年20年に1人という人だと思うけれど、ちょっと騒ぎ過ぎ。

――文学賞を読者や書店員など一般人が多数決で選んで
“民主化”した方がいいという意見もあります。

桐野:衆愚政治ですね。

町田:読者のアンケートを非常に重視する編集部があると聞きましたが、
仮にアンケートの順位が下がらないように分かりやすさだけを心がけて書くと
小説としての水準はやはり下がると思います。

山田:私は、分かる人にだけ分かって欲しいというのが基本。
別に読む人全員に分かってもらおうとは思わない。

――賞が売るための方便と化している?

町田:それで実際に売れるのかは疑問だ。本当に水準の高い小説
を出すほうが、長い目で見れば商売になるのではないか。

――よりニーズに近い感覚を自分たちは知っていると考えているのでは。

町田:マーケティングをして、大体こんなのが受けるんだということかな?例えば調査して、
泣ける小説が読みたいと分かったら、注文を取って本当にうまい人が書くような。

山田:みんなロマンス小説のようになっちゃいますね。

――泣ける小説同様、若者向けのライトノベルも話題だがどう考えるか。

桐野:玉石混交。お約束の世界に忠実なのは、ジャンル性が強くなる。
拘束から逃れれば自由になる。ただ、それだけでは。

(「座談会:作家の条件」より)

いやあ、思わず笑ってしまった。だってこれ、
三島由紀夫と林房雄の対談「対話・日本人論」
で云っていることと何一つ変わらないのですもん(^^;いやあ、戦後の作家の対談で文壇論やる
と決まってこういうパターンになるって決定されているのかな?ただ、三島×林の対談の方が
パターン的な内容は同じでも、語り口の質という点では明らかにレベルが高いですが。

三島×林の場合は、文学的・言語的な歴史というものを担っている”言葉”をいかに
繋いでゆくか、過去の豊饒と未来の開拓地にどうやって橋渡しするか、というところに
二人とも重点を絞っているので、そこで、たんなる愚痴みたいなものは抑制されるのですが、
この「座談会:作家の条件」だと、その抑制が外れて、単なる愚痴座談会になってしまっている。

三島も、林も、「私は、分かる人にだけ分かって欲しいというのが基本。別に読む人全員に
分かってもらおうとは思わない」ということは云うのですが、その”分かる読者”に対して、いかに
文学の歴史的豊饒というものを繋げて行くか、それをとても大切にしている作家なのですね。
そういうことをしっかりと胸に抱いて文章を紡がなければ、愚痴だけ云っても無意味ですよ。

勿論、我々読者も、玉石混合の中で、マーケティングされた石だけを読むのではなく、なるべく
玉を見つけだして読むこと、広告代理店のマーケティングキャンペーンに惑わされるのではなく、
その作品自体を作品自体単独として、深く、鋭く、真摯に読んでいくことが大切だと思います。

玉を見つけだすには、海のものとも山のものとも分からない新刊よりは基本的には評価の高い
古典を読んだ方がいい。時間は有限ですから、古典に割り当てる時間を新刊よりも大きくとった
方が、充実した時間を楽しめますよ。古典と云ってもいきなり源氏物語を原文で読めとかそういう
ことでは勿論なくて、例えば三島由紀夫全集とか、芥川龍之介全集とか、夏目漱石全集とか、
中島敦全集とか、宮沢賢治全集とか、谷崎潤一郎全集とか、まあこれは私が大好きな作家
ばかりですが(^^;そういった、戦前・戦後の評価の確立した作家たちの本を読んだ方が
充実した時間を過せます。あとは海外古典ですね。海外の古い作家の作品は、基本的に
質の高い文豪の作品しか日本語訳されてないので、片っ端から読んで行くやり方でも、
とても楽しくて面白い読書体験ができます。古典の方が新刊よりも、より”深い”としか云いよう
のない体験のできる確率が非常に高いです。また評価の高い海外現代作家もお勧めです。

あと、逆に広告代理店が大々的にキャンペーンを打っているような日本の新刊作品は、極めて、
まあ、なんというか、その…簡単に云うと、一番レベルの低い読者に内容を合わせてある作品
なんですよ。だから、まあ、その手の作品を読むのは、ほとんどの場合、虚しいだけですね…。

最後に私の大好きな現代作家、スタニスワフ・レムの言葉をご紹介。レムの作品のような真摯に
文学に対して尖鋭的に取り組んで行く作家は、はっきり云って真に残念なことながら、現在の
日本の若手には一人もいません。それは深く悲しむべきことだし、そして、そのことに対する
読者の責任も、また、深く重い。私は、自戒を含めて、それを受けとめるべきと思っています。

読者にお願いしたいのは、欠点に目をつぶるような寛大さではなくて(そのようなものは
決して書物に与えられるべきではない)注意深くそして好意的に読むことである。
これこそは、書くことの不可欠の条件なのだ。なにしろ、どんなに経験豊かで注意深い
作家であろうと、経験豊かで注意深い読者がいなくては、どうしようもないではないか。

(スタニスワフ・レム「高い城・文学エッセイ」)

参考図書(amazon)
筒井康隆「文学部唯野教授」

三島由紀夫、林房雄「対話・日本人論」

スタニスワフ・レム「高い城・文学エッセイ」

スタニスワフ・レム「虚数」

スタニスワフ・レム「完全な真空」

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フリーゲーム評 −秋の夜長の推理ゲーム−

束縛なくして自由はない。つまり檻がなくては檻から出ることもできない。
檻から出たがっているものは、まず檻を造らなければならないんだ。

(中禅寺秋彦。京極夏彦「鉄鼠の檻」)

先日ご紹介した「風雲相討学園フラット」以降にプレイしたフリーゲーム諸作品から、
極めて優れたミステリノベル作品を三作ご紹介。宜しければ秋の夜長のお供に。

「機械仕掛けの鴉 〜前奏曲〜」(公式サイト「ロデの迷宮」さん)

”出来が悪いミステリ”であること自体が、”ミステリ”としての仕掛けとなっているミステリ。
あれ、あれ、あれれ…?随分とアレな出来なのかな…とプレイしていて思ったので、
これでいくらなんでも終わらせないよな…と思ったら終わらなくて、予想(推理)通りの
展開、なかなか楽しめました。ただ、やや簡単過ぎるかな。初回プレイでストレートに
トゥルーエンドまで簡単に到達できたので、次回作ではより高難易度を期待したいところ。

「七年凪」(公式サイト「INFINITY」さん)

非常に力の入った本格推理物。推理ノベルとして十二分に傑作。難易度は中くらいかな?
それぞれの行動と発言に留意し、整合性をもって犯人を推理してゆけば、必ず謎が解ける
正統派のクラシカルな推理ノベル。ただし、序盤の推理でちゃんと推理すると、推理が
当たっているのにも関わらずバッドエンドコースしかないような気が…。私がプレイした限りでは、
そうだったなあ(^^;あと、ベクターで配布されているバージョンには致命的なバグ(推理の要の
ポイントで、正しい選択肢が出ず、バッドエンドへ直行する)があるので、必ず公式サイトから
最新版をDLするようにした方がいいです。ちなみに私はベクターでDLしてプレイ始めたので…

「バカな…この俺の推理は完璧な筈なのに…なぜだ!!」

と、推理できていながら、バグによるバッドエンドを迎えるたびに歯軋りしてしまいましたよ。

まあ、本作は本当に推理物として王道を行く優れた傑作です。ミステリ好きならぜひプレイを。

最後に本作推理のヒント:舞台は人気のない山奥であること。だから夜は…

「Reason of Detective」(公式サイト「言ノ葉迷宮」さん)

第四回三分ゲーコンテストで第一位を取った名掌編。これは…素晴らしいとしか…。
先にご紹介した「機械仕掛けの鴉 〜前奏曲〜」が、”ミステリであること”がミステリ
の中にある仕掛けになっているとすれば、本作は、ミステリが”プレイされていること”
が、仕掛けになっているんですね…。ミステリの構造自体は、全く普通のミステリで
ありながら、本作は極めて優れたメタ・ミステリの要素を持っている…私は感動したよ…。

本作は極めて逆説的なプレイを要求する、まさにミステリの彼岸の名ミステリです。

探偵小説におけるコード性の追求は、古典近代的な小説概念を破壊する
までの深度に達した。しかし完璧な形式体系は、必然的に「ゲーデル的問題」
を惹起する。体系の内部では、決して真偽を決定することのできない
パラドックスが、最後に生じざるをえないのである。

(笠井潔「物語の世紀末」)

参考図書(amazon)
京極夏彦「鉄鼠の檻」

笠井潔「物語の世紀末」

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日本初の女子硬式野球部発足 −メイプルな明日−

中京女大が加盟申請、愛知大学野球連盟に。硬式で全国初の女子チームめざす(北海道新聞)

朝飯食べながらフジTVのニュース番組「目覚ましTV」見ていたら、中京女子大学にて、
日本初となる女子の硬式野球部が発足、野球連盟への加盟を申請しているそうです。
「性別にこだわらない野球を」がモットーで、野球連盟に加盟となれば、当然男子チーム
と戦ってゆく訳ですね。今は高校チームと戦っているそうです。いやあ、マジで感動した!!(^^)

「性別にこだわらない野球を」ってモットー、凄く良いですね。ロマンを感じるなあ。
私は漫画好きでどんなジャンルの漫画でも読みますが、野球漫画で一番好きな漫画は、
川原泉さんの「メイプル戦記」なんですよ。このニュース聞いてメイプル戦記のこと思い
出しちゃって凄く嬉しくなっちゃったよ。
メイプル戦記は女子プロ野球チームの戦いを描く
コミックで、凄くふんわりほのぼのしているんだけど、シリアスで…川原泉さんの漫画は
文章で表現するのが物凄く困難なんですが、一言で云えば”楽しくて面白い野球漫画”です。

文章力がなくて上手く伝えられないのが悲しいのですが、女性チームのナチュラルな戦いぶり
が凄く魅力的で、読んでいて戦いなのにも関わらずほのぼのするというか…。スポ根物みたいな
タイプの作品とは一線を画したスポーツ物で、ああ、こんなチームがあったらいいなあ…と。

中京女子大の野球を愛する女の子達のおかげで、メイプル戦記の現実化に一歩近づいた、という
感じで私は本当に嬉しいし、ワクワクするなあ。中京女子大硬式野球部の皆さん、頑張って下さい!

「対等のプレイヤーとして、対等の人間として、真剣にボールを投げてくれてありがとう」
(川原泉「メイプル戦記」)

参考図書(amazon)
川原泉「メイプル戦記 第1巻」(全2巻)

川原泉「メイプル戦記 第2巻」(全2巻)

川原泉「甲子園の空に笑え!」

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通常の三倍のスピードだ!!

好きな作曲家であるショスタコーヴィチ(第15番)聴きながら、
のんびりソファーでカミュの手帖読みながら、にゃんこたんと
遊んでいたら、震度2〜3くらいの地震が起こったんですよ。………。

にゃんこたんが、超光速で逃亡した……。1秒も掛からずに姿が見えなくなったよ…。

私はにゃんこたんが赤ちゃんの時から育ててますが、こんな超光速の動きをしたのを
始めてみましたよ…猫用玩具の得物を狩っている時のにゃんこたんの狩用高速
モード時の更に三倍のスピード…。わんこたんと一緒にいて、地震が起こったことも
ありますが、こんな超光速で逃亡なんてことはなかった…にゃんこたん、俺のこと、
いざという際は無だと思っているね…。何かあったら間違いなく俺を見捨てるな…。

まあ、そこがにゃんこたんのいいところなんですが(^^)

それに俺もいざという際は単独で超光速逃亡するタイプなんで、にゃんこたんタイプかも(笑)

幸福は感覚の鋭敏さと思考の迅速さに存する。
その他のことは全て緩慢であり、段階的であり、愚かである。
一条の光の速さを感じることのできる者なら、
迅速さを有するがゆえに、誰でも幸福に満たされることだろう。

(カミュ「カミュの手帖」)

参考作品(amazon)
カミュ「カミュの手帖」(05/10/16現在在庫切れ)

ショスタコーヴィチ「ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全集」

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メイド喫茶を「風俗営業」として指定し取締り(スポニチアネックス) (「finalventの日記」より)

(メイド喫茶に対し福岡県警は)スナックなどと同様に風営法二条一項二号に規定する
「客の接待をして客に遊興または飲食をさせる営業」として届けるよう指導した。


なんだこれ…。「客の接待をして客に遊興または飲食をさせる営業」って、飲食したらダメなら
全てのレストランが引っ掛かるのでは…。一体どういう規則なんだ…???訳が分からないよ…。

私はメイド喫茶がブームになる前から、渋谷のEARLで紅茶飲むのが大好きで、EARLの従業員さん
はメイド服っぽい制服を着ていて、洒落てるなとは思ったけど、風俗的な気持ちを抱いたことはないし、
紅茶は凄く美味しいし(私の知っているティーサロンの中で一番美味しい!!)、EARLで紅茶を飲む
のが、私の心の安らぎの一つだったのに、『飲食は風俗』とかいう理解不能な訳の分からない規則で、
取り締まられるのかな…。もし、EARLが取締られたら、私は、酷く悲しい…。なんでこんなことに…。

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「サヨナラ」ダケガ人生ダ

エロゲカウントダウンさんが閉鎖…。大好きなエロゲサイトだったので、とても、寂しい…。

昔からECDのファンで、ロリゲカウントダウンというパロディレビューをやらせて頂けませんか?
と私がお願いした時も、快くパロディレビューの許可して頂けて、凄く嬉しかったです。


もし、また機会があれば、再びPEROさんの新しい文章が読めることを、信じて待っております。

これまで本当にご苦労様でした。また、会う日まで、しばしのさよならを。

于武陵「勧酒」(訳:井伏鱒二)

勧君金屈巵 満酌不須辞 花發多風雨 人生足別離

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ


参考図書(amazon)
井伏鱒二「厄除け詩集」

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